第23話 事後処理班・第3のメンバー
リヒト大公国の首都へと戻ったローウェンは、一刻の猶予もなく、みのむしのように縛り上げたリヴィをギルド本部へと連行した。
そのままギルドマスターの執務室まで引きずっていき、床へ容赦なく放り出す。
「レウス、連れてきたぞ」
ローウェンは遠慮のかけらもなく、リヴィを床へ放り投げた。
机の向こうに座るレウスは、珍しくいつものお気楽な笑みを消していた。
組んだ両手の向こうから、強烈な威圧感を放つ冷ややかな視線で、床に転がるボロ布のような少年を見下ろす。
「お前が、大公国の正門と城壁を吹き飛ばし、あの巨大なクレーターを作った張本人か。ただの人間の分際で世界樹の森へ逃げ込み、あろうことか母上まで巻き込むとはね」
六千年を生きる純血エルフの放つ威圧感。
自分がどれほどの不祥事をやらかしたかを自覚しているリヴィは、ガタガタと激しく全身を震わせた。
怯えた小動物のように、必死でローウェンの背中へと隠れようとする。
そこには、賢者としての尊厳など微塵も残っていなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ボク、本当にわざとじゃないんです! 閉じ込めないでください! 殺さないで!」
リヴィは涙声になり、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしていた。
この男のあまりの情けなさに、レウスは心のなかでため息をついた。
それから引き出しを開け、大公国の公印が押された羊皮紙のスクロールを取り出して机へ放り出す。
「運が良かったね。私が直々に、リヒト四世へ事のてんまつを報告しておいたよ」
レウスはいつもの笑みを浮かべた。
「メテオを放ったのが、氷玉竜のブレスを阻止して首都を危機から救うためだったという事実。そして、幸いにも誰の命も失われなかったことを考慮し、陛下はお前が国を傷つけ、門を壊した重罪を『赦免』することに決めた。お前の責任は問わないそうだ」
その言葉を聞いたリヴィは、張り詰めていた緊張が一気に抜け、感動のあまりレウスに頭を床へ擦り付けんばかりの勢いだった。
「ありがとうございます、ギルドマスター! 陛下万歳! ボク、今すぐ山奥へ引きこもります! もう二度と外へ出て迷惑はかけません!」
「待ちたまえ。責任を問わないと言ったが、賠償まで免除するとは言っていないよ」
レウスは満面の笑みを浮かべながら、机の下から数十ページに及ぶブ厚い契約書を取り出した。
「お前が作ったあのクレーターを埋めるため、ギルドは十名ものAランク冒険者と大勢の作業員を動員したんだ。その莫大な費用と、私が大公へ直々に減刑を願い出た『労務費』を合わせると……。ざっと見積もって、お前が飲まず食わずで百年働けば返せる金額だね」
リヴィの顔は一瞬にして絶望に染まり、死人よりも青ざめた。
「もっとも、君がまれに見る天才であることに免じて、ギルドは特別な優待プランを用意しているよ」
レウスは契約書をリヴィの目の前へと押し出し、親切にもインクをたっぷり含んだ羽毛筆を差し出した。
「この『魔法契約』にサインするんだ。これから十年間、ギルドが指名するすべての依頼を無条件で受けてもらう。報酬はすべて借金の返済にあてられる。十年が過ぎれば、債務は一切帳消しだ。どうだい?」
「一生牢屋で過ごす」か「十年間タダ働きをする」か。
気弱なリヴィには、交渉する勇気などひとかけらもなかった。
彼は涙を流しながら、手がガタガタと震え、契約書の最後のページに大人しく自分の名前を書き込んだ。
「実によろしい」
レウスは満足げに契約書を仕舞い込むと、顔を上げて、これまで冷ややかな目で見守っていたローウェンを見つめた。
「ローウェン、彼もサインしたことだし、君の『事後処理班』に編入させることにした。これからは君が彼の面倒を見てくれたまえ」
「断る」
ローウェンの返答には、一秒の猶予もなかった。
「事後処理班はゴミ箱じゃありません。頭の中がポーションのことだらけのハーフエルフを一人抱えているだけでも頭痛がするというのに、これ以上歩く時限爆弾なんて御免です。そいつはあんたが自分で使ってください」
隣にいたリネアが不満げに口を尖らせた。
「ちょっと! 誰の頭の中がポーションだらけよ!」
「そう冷たくしないでくれよ、ローウェン」
レウスは笑いながらなだめる。
「彼だって腐っても圧倒的な火力を誇る賢者だ。適切に教育すれば、君の任務における最大の戦力になるのは間違いないよ」
「ならギルドマスターが自分で教育すればいいでしょう。俺はその厄介払いを引き受けるつもりはありません」
ローウェンはやはり全く心を動かされず、踵を返して執務室を出ようとした。
ローウェンがどこまでも頑ななのを見て、レウスは仕方なさそうにため息をつき、最後の切り札を繰り出した。
「ローウェン……まさか忘れてはいないだろうね? 私は確かにこの西側のギルドマスターだが、北方王国の本部を仕切っている『あのジジイ』とは……非常に深い付き合いがあるんだよ」
ローウェンは足を止め、背中を微かにこわばらせた。
レウスはもったいぶって机の上の紅茶を手に取り、熱い湯気にふぅと息を吹きかけた。
「もし私が今から手紙を書き、最高級の果実酒を2本添えて本部に送ったら……。あの部長が『強制命令』を使って、この少年を君の処理班へねじ込んでくると思わないかい? それなら、そんな遠回りをせず、今ここで大人しく受け入れておいた方が賢明だとは思わないかね?」
ローウェンは振り返り、レウスのその殴りたくなるような笑顔をガッツリと睨みつけた。
かつて同じパーティーを組んでいた戦友の2人だ。
果実酒たった2本で、部下である自分をあっさり売り払うことくらい、骨の髄まで理解している。
窒息しそうなほどの沈黙が十秒ほど続いた後——
「……好きにしろ」
ローウェンは歯をギリッと噛み締め、隙間からその言葉を絞り出した。
「賢明な選択だね」
レウスは満足げに微笑んだ。
「では、これが君たちの小隊の次の任務だ」
レウスは活動資金の入った革の財布をローウェンへ放り投げた。
「リネアとこの少年を連れて、今すぐ首都を発ち、『スタート村』へと戻りたまえ。現地のギルドマスターであるバルガスと連携し、リヴィに徹底的な『魔法制御の特訓』と『常識教育』を叩き込むんだ。こいつが緊張でメテオを誤射しなくなるまでね。これも立派な事後処理の仕事だよ」
ローウェンは手の中の財布を軽く放り、重さを確かめると、一切の無駄口を叩かずに大股でドアへと向かった。
「行くぞ。スタート村へ戻る」
リネアは嬉しそうに歓声を上げ、慌てて後ろを追った。
そして、たった今身売りの契約を交わしたばかりのリヴィも、ペコペコと縮こまりながら2人の後ろに続くしかなかった。
メテオの危機は、こうして完全に幕を閉じた。
しかし、自分の隣にいる2人の問題児を見つめながら、ローウェンはさとっていた。
平穏で目立たないはずだった事後処理班としてのキャリアは、もう二度と戻ってこないということを。
ツンデレのハーフエルフである素材マニア。そして、六十歳の歩く天災少年。
あまりに災害属性が強すぎるこの小隊が正式に結成され、彼らはスタート村への帰路へとつくのだった。




