第22話 再び始まる胃痛
エルフの森を離れ、戻りの道をギルド専用の馬車が静かに走っていた。
馬車のなかは、とんでもなく奇妙なギャップに包まれている。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい……わざとじゃないんです……」
メテオによる大惨事を引き起こし、リヒト大公国を大混乱に陥れた『賢者』リヴィ。
彼は今、エルフのロープで両手をガチガチに縛られ、いたずらが見つかった子供のように馬車の隅っこで小さくなっていた。
お腹がいっぱいになって震えは止まったものの、その性格はどこまでも気弱だった。
目尻に涙を浮かべながら、ペコペコと情けない声で謝り続けている。
向かい側に座るリネアは、この威厳の欠片もない、むしろ可哀想にすら見えるガリガリの少年を見つめていた。
どうしても、目の前にいる生き物と『天災』という言葉が頭のなかで結びつかない。
「ねえ……ローウェン」
リネアは声をひそめ、隅っこにいるリヴィを指差した。
「こいつ、どう見てもただの弱っちい男の子じゃない。本当にあの賢者なの? あたしたち、人違いしてない? なんだか子供をいじめてるみたいで寝覚めが悪いんだけど……」
ローウェンは腕を組み、目を閉じて背もたれに寄りかかっていた。
ズキズキと痛み始めた眉間を指で揉みながら、彼は冷酷な真実を口にする。
「そいつの見かけに騙されるな。こいつの本当の年齢は、もう60歳だ」
「……は?」
リネアの口から、間抜けな声が漏れた。
「そいつが少年の姿をしている理由は、魔法の腕があまりにも天才的だからだ。詳しい話は、そのうち気が向いたら話してやる」
ローウェンは目を開けることすらなく、冷淡に付け加えた。
リネアは驚愕の眼差しで、隅っこでズビズビと鼻をすすっている『おじいちゃん』を見つめた。
「不毛な無駄話はそこまでだ」
ローウェンは目を開け、罪人を調べるような冷ややかな視線でリヴィをロックオンした。
「吐け。なぜリヒト大公国の正門前で、氷玉竜に向けてメテオなんてぶっ放した?」
ローウェンのその目で見つめられ、リヴィはビクッとしてさらに縮こまった。
「ボ、ボク、本当にたまたま通りかかっただけなんだ!」
リヴィは涙目で必死に弁解した。
「あの日は普通に正門の近くから街に入ろうとしてたんだよ。そしたら急に、あのでかい氷玉竜が狂ったみたいに、大公国の門に向かって真っ直ぐ飛んできて! しかも……しかも大口を開けて、今にも街に向かってブレスを吐きそうだったんだ!」
「だからメテオを落としたわけ?」
リネアが我慢できずに口を挟んだ。
「ちょっと、あんた賢者でしょ! 止めるにしても、防御魔法とか、もっとピンポイントな攻撃手段はなかったの? 正門ごとメテオで吹き飛ばすなんて、どんな防衛策よ!」
リヴィの顔が一瞬で真っ赤になり、モゴモゴと言い訳を始めた。
「だ、だって、ボク、急に危ない目に遭うとすごく緊張しちゃって……。緊張すると、頭のなかが真っ白になっちゃうんだ……」
「それで?」
ローウェンの声がさらに低くなった。
「あの時はもう竜がボクに突っ込んできてたから、 パニックになって魔導書を開くしかなくて……。そしたら、たまたま『メテオ』のページが開いたから、ボ、ボク、そのまま呪文を読んじゃったんだ……」
馬車のなかは、死んだような静けさに包まれた。
まるで『ランダムガチャ』のような戦略級魔法の発動方法に、リネアは言葉を失った。
魔導士でありながら、ピンチの時の対応が「なんとなく本をめくって、出たやつを撃つ」だなんて。
これはもう常識がないとかそういうレベルではない。歩くお気軽な時限爆弾だ。
「で、でも!」
「ボク、本当に街を守るために魔法を使ったんだよ! 氷玉竜が普通は山から出てくるような魔物じゃないことくらい、ボクだって知ってたんだから!」
ローウェンはリヴィを見つめた。
その声はすこし和らいだものの、いまだに強い圧迫感に満ちている。
「街を守るために手を出したというなら、なぜ街を吹き飛ばした後に逃げた? 最高級の隠蔽魔法まで使って、誰も入れないエルフの禁足地に隠れる必要がどこにある?」
その質問を突きつけられた瞬間、リヴィがせっかく組み立てた小さな自信は、一瞬で崩れ去った。
彼はバツが悪そうにうつむき、縛られた両手の指を不安げにモジモジと絡ませた。
「だって……だって、メテオを落とした後、公国の門の前にとんでもなくバカでかいクレーターができてるのが見えて……」
リヴィの声はどんどん小さくなり、最後は消え入りそうな囁き声になった。
「自分がとんでもない大罪を犯しちゃったって気付いて……。レウスに怒られるのも怖いし、騎士団に捕まって閉じ込められるのも怖くて……。だから、だから、森の奥深くに隠れちゃえば、誰もボクを見つけられないと思ったんだ……」
たったそれだけの理由。
「怒られるのが怖い」「捕まるのが怖い」という動機だけで、この大捜索の騒動を引き起こし、世界樹様まで巻き込んだのだ。
あまりにも荒唐無稽すぎる真相を聞かされ、リネアはハイライトの消えた目で馬車の天井を見上げ、人生で一番大きな白目を剥いた。
一方のローウェンは、こめかみを深く指で押さえていた。
やっとおさまっていた胃の痛みが、また静かに暴れ始めそうな気がしたからだ。




