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第21話 腹ペコ賢者

「もぐもぐ……うめぇ……超うめぇ……」


世界樹の森の端っこに、とんでもなくバカバカしい光景が広がっていた。


メテオ騒動を引き起こした張本人であり、堂々たる賢者であるはずのリヴィ。


彼は今、捕まったイノシシのように、魔法を封じるエルフのロープでぐるぐる巻きにされ、太い丸太に逆さ吊りにされていた。

そしてその口には、ローウェンが適当に放り投げた、石のように硬い黒パンが死に物狂いでくわえられている。


逆さ吊りのせいで血が頭に上っているというのに、リヴィは感動の涙をボロボロと流し、まるでネズミのように狂った勢いでパンをかじり、もごもごと情けないうめき声を上げていた。


その欠片ほども尊厳のない姿を見て、リネアは思わず手で額を押さえ、深ーいため息をついた。


「こいつ……本当に公国の正門にバカでかいクレーターを作った賢者なの?」


「魔法の腕と常識は別物だ。こいつには、その片方しか備わっていない」

ローウェンは丸太の両端を2人のハーフエルフのパトロール隊員に渡し、隣にいるデロイの方を向いた。


「デロイ、悪いが巡回隊にこいつを村まで運ばせてくれ」

ローウェンは冷静にその後の段取りを指示する。

「お前はここで待っていてくれ。俺たちは世界樹へ挨拶に戻り、用が済んだら合流して、そのままここを発つ」


「おう、任せとけ。さっさと行ってこいよ」

デロイは快く頷き、『イノシシ』を担ぐ2人の隊員に向かって手を振った。


パンをかじりながら運ばれていくリヴィの滑稽な背中を見送り、ローウェンはきびすを返した。

そしてリネアとエラを連れて、再び世界樹の中心エリアへと歩き出した。


あの空を突くような巨木の前に戻ると、世界樹の魔力の投影は、相変わらず天然の木椅子に静かに座っていた。


「母上。侵入者を無事に発見し、捕縛いたしました。ご報告に上がりました」

エラは一歩前に出て、恭しく頭を下げた。


「ふふっ、全部見ていたわ。ご苦労様、エラ」

純粋な緑色の魔力でできた女性の投影は優しく微笑み、続いて、その視線をエラ越しにローウェンへと向けた。


母は少し間を置き、拒絶を許さないような温かな口調くちょうで言った。

「エラ、悪いけれどその子を連れて、外で少し待っていてちょうだい。私はこの人と、少しだけ2人で話がしたいの」


その言葉を聞いて、エラは一瞬キョトンとした。

純血のエルフとしての本能が、母を人間と2人きりにさせることに、少しだけ抵抗を感じさせた。

だが、ここ数日の協力のおかげで、ローウェンに対する敵意はすでに大きく消え去っている。それに、これは母の絶対的な命令だ。頷くしかない。


「……御意、母上」


エラは振り返り、まだキョロキョロと首を伸ばして好奇心丸出しにしているリネアの襟首を、ガシッと掴んだ。


「えっ? ちょっと待って! あたしも聞きたい——」


「大人しくついてきなさい。母上の邪魔をしないこと」

エラは問答無用で、文句を言うリネアを半分引きずるようにして、広場から連れ出した。


あっという間に、巨大な世界樹の下には、ローウェンと半透明の魔力の投影だけが残された。


先ほどまでの明るく温かい空気が、なぜか急に静まり返り、空間には言葉にできない重苦しさが漂い始めた。


世界樹の投影はローウェンを見つめ、年長者のような無力感を少しだけ声ににじませた。


「さて、ローウェン。5年ぶりになるわね。今は元気にしているの?」


まるで昔話でもするようなその挨拶に対して、ローウェンの無表情はピクリとも動かなかった。

彼はその魔力の塊を真っ直ぐに見つめ、古い井戸のように深く、そして冷たい視線を返した。


「以前と何も変わりません」

彼は淡々と答えた。その声には一切の温度がなかった。


「相変わらずなのね」

母は小さくため息をつき、森にそよ風が吹いて木の葉を揺らした。

「知りたいの。5年が過ぎて……あなたの考えは、今も変わっていないのかしら?」


その言葉を聞いた瞬間、ローウェンは奥歯をギリッと噛み締めた。


彼は目を閉じた。

まるで、心の奥底に死に物狂いで封印していた傷跡に、うっかり触れられてしまったかのように。

そして、再び静かに目を開いた。


「同じ言葉を、二度言うつもりはありません」

ローウェンの声は氷のように冷たく、一切の躊躇なしにその話題をぶった斬った。


目の前に立つ男を見て、世界樹の投影は、長くてどうしようもない苦笑いを漏らした。


「本当に、頑固な子ね……」

母の優しい眼差しに、ほんの少しの悲哀が混ざる。彼女は小さく呟いた。

「あなたが歩むこの道の最後に、良い結末があることを祈っているわ」


ローウェンは答えなかった。

ただ深く世界樹に向かってお辞儀をし、そのまま踵を返した。

彼は何も語らず、ただ己の背負う重い過去ごと、一度も振り返ることなく、再び深い孤独の中へと歩き出していった。


ローウェンの背中が木々の間に消えていくのを見送ってから、ずっと遠くで待っていたエラが、ようやく一人で世界樹の側へと戻ってきた。


「母上、今回は本当にお疲れ様でした」

エラは恭しく膝をつき、礼をした。


「あら、エラこそご苦労様」

世界樹の口調は、元の温かさと慈愛に満ちたものに戻っていた。

「どうだった? 今回、外の世界の人間と触れ合ってみて、何か感じたかしら?」


エラは思い返した。

ローウェンが迷いなく提案した『魔力波長同期』。そしてリネアの、あの異常なまでに精密な探知能力。

彼女は誤魔化すことなく、素直に頭を下げた。


「本当に、見る目が変わりました」

エラの声音には、強いショックを受けた後の静けさがあった。

「外の世界の技術が、あれほどまでに普及し、進化しているとは思いもしませんでした。ハーフエルフであっても、その能力は私たちに決して引けを取っていません」


世界樹は、嬉しそうに頷いた。


「ええ。あなたがその目で真実を見極められたこと、とても良いことだわ」


続いて、母の声音がとてつもなく荘厳で、悠久なものへと変わった。

まるで、はるかな時間の川を見透かしているかのように。


「だけど、あなたがここを離れるのは、まだ今ではないわ。エラ、今日のこの気付きを、しっかりと覚えておきなさい」


世界樹の投影はゆっくりと腕を上げ、森の外に広がる広い空を指差した。


「2年後……あなたは『勇者』についていき、この世界を救う旅に出ることになるわ。その時が来たら、この世界を、あなたに託すわね」


その壮大で重たい予言を聞き、エラはハッとして顔を上げた。

母の期待に満ちた眼差しを見つめ、彼女は深く息を吸い込む。

その銀色の瞳には、これまでにないほど強い決意の光が燃え上がり、彼女はさらに深くこうべを垂れた。


「……はっ!」

挿絵(By みてみん)

本話の挿絵は、ローウェンが世界樹に背を向けて立ち去るシーンです。色々と検討しましたが、やはりローウェンの背中を映すアングルが一番しっくりきますね。

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