第20話 そうさく
世界樹の周辺は、常識をはるかに超えるほど広大だった。
捜索エリアに足を踏み入れた瞬間、ローウェンは事後処理班のリーダーとしてのプロらしい指示をテキパキと出した。
「エルフたちがすでに捜索した具体的な範囲はどこだ? 地図にマークしろ。無駄骨を折る時間は、俺たちにはない」
エラは人間の指示に従うことが不愉快だったが、『母』の命令には逆らえない。
彼女はしぶしぶと細い指先を伸ばし、魔力を使って空中にうっすらと光る精巧な立体地図を描き出した。
そして、すでに確認済みのエリアを暗い色でマークした。
リネアはその巨大な地図を見つめ、ひどく困惑した顔をした。
「だけど、世界樹様でさえ感知できないのなら、あたしたちはどうやってこの『見えない』捜索を進めればいいのよ? まるで雲を掴むような話じゃない?」
その質問を聞いて、エラはフンと鼻を鳴らした。
「小細工など通用しません。あの侵入者は魔力のやり取りを完全に遮断し、まるでただの石ころのような無魔力の物体と化しているのですから」
エラはあごをすこし上げ、エルフとしての優越感を隠そうともせずに続けた。
「要するに、『魔力探知』の強度と精度を限界まで引き上げ、環境の中に隠された、ごくわずかな不自然さを細かく捕らえるしかないのです」
続いて、彼女は目の端でローウェンとリネアをチラリと見た。
「その人間はともかくとして。これほどの強度で探知を維持するのは、精神的に大きな負担となります。ですが、あなたには一応エルフの血が流れているのですから、この程度の基本的な探知くらい、まさか出来ないとは言いませんよね?」
エラから向けられたあからさまな見下しと挑発に対して、リネアはただ口をへの字に曲げ、言い返すのも面倒だという顔をした。
ローウェンは相変わらず無表情のまま、静かに目を閉じた。
次の瞬間、2人は同時に魔力探知を発動させた。
「ウゥゥン……」
目に見えない魔力の波動が、ローウェンを中心に一気に四方へと広がっていく。
その圧倒的な探知の広さは、なんとエラに匹敵するものだった。
エラは銀色の目を見開き、心の中で激しく動揺した。
(この人間、これほどの魔力の底力を持っているというの……!?)
しかし、彼女の驚きはそれだけでは終わらなかった。
ローウェンが誇る探知の広さに対し、リネアの探知は『精度』がとんでもない領域に達していたのだ。
長年にわたり、『レア素材を壊さない』ための極限の採集トレーニングを重ねてきたおかげで、リネアの魔力探知はまるで精密な細工刃のようだった。
空気中に漂うチリの一つひとつから、細かな魔力の流れを鮮やかに解析していく。
(このハーフエルフの探知精度……私よりも上だというの!?)
エラは自分がバカにしていた2人のよそ者を見つめ、それまで抱いていたプライドを完全にへし折られた。
彼女は悔しそうに歯を食いしばり、見下すような態度を捨てて、すぐに全力で自分の魔力探知を展開した。
だが、現実は想像以上に厳しかった。
3人がこれほど高い探知能力を発揮し、『飲まず食わず、不眠』の恩恵があっても、捜索は難航した。
彼らは手分けして、この明るい森の中を、昼も夜もしらみつぶしに歩き回った。
1日、2日、3日……。
そして4日目が過ぎても、手がかりは全く見つからない。
リヴィという男は、まるでこの世界から完全に消えてしまったかのようだった。
「このままでは埒が明かないな」
5日目の朝、ローウェンは足を止め、2人を呼び寄せた。
「世界樹の周辺は魔力の濃度が高すぎて、探知の感度が鈍っています。戦術を変えるぞ」
「他にどんな方法があるというのです?」エラは眉をひそめて尋ねた。
「3人で『魔力波長同調』を行う」ローウェンは淡々と言った。
「同調させることで、3人の探知能力を一つに重ね合わせ、感知の範囲と精度を3倍に引き上げます。エラ、あなたの探知範囲が一番広いですから、あなたの波長をベースに合わせます」
「『魔力波長同調』ですって?」エラの声色には、あからさまな疑いが混ざっていた。
「それは魔力に対して極めて高い親和性を持つ、私たち純血のエルフだけが扱える高度な技術です。ただの人間であるあなたが、どうしてそんな技術を知っているのですか?」
彼女は、この人間が見栄を張って、でたらめな大口を叩いているのだと思った。
疑念に満ちたエラの視線を受けても、ローウェンはただ彼女を静かに見つめ返した。
「大したことじゃない。これは冒険者たちが、個人の実力不足を補うために開発したただの技術です。Cランク以上のパーティーが小隊を組む時は、ごく普通に行うことだ。俺の誘導に従え、魔力の波長を調整する」
エラは呆然とした。
目の前にいる人間を見つめ、外の世界で培われた集団の知恵が、かつてエルフの専売特許だった秘術を、これほどまでに普及させていたということに、彼女は初めて思い知らされたのだ。
最後の疑念とプライドを捨て去り、エラは静かに目を閉じた。
そしてローウェンとリネアに合わせて、ゆっくりと自分の魔力波長を同じ周波数へと調整していった。
「ウゥゥン——」
奇妙な共鳴音が、3人の脳裏に直接響きわたった。
その瞬間、エラは自分の感知能力が無限に広がっていくのを感じた。
それまでボヤけていた魔力の流れが鮮明に浮かび上がり、探知の範囲と精度が、本当にローウェンの言葉通り、一気に3倍へと膨れ上がったのだ!
ローウェンによる強大な魔力のバックアップと、リネアが誇る極限の精度によるアシスト。
その中心的な受信機となったエラは、まるで高性能なレーダーのように、感知の網を聖地全体へと走らせた。
突然、彼女の両目がカッと開いた。
「見つけました……!」エラは世界樹の根元の一角をビシッと指差した。
「あそこです! 巨大な樹根の隙間に、ごくわずかで、自然環境と完全に同化しかけている『異常な死角』があります!」
3人はすぐに同期を解除し、エラが指し示した方向へと全速力で駆け出した。
そこは世界樹の巨大な根が地面から盛り上がり、複雑に絡み合っている場所だった。
あちこちに、薄暗くて深い天然の洞窟のような空間ができている。
「気配はここで消えています。間違いなくこの近くに潜んでいますよ」
エラは警戒を強め、木製の杖をギュッと握りしめた。
3人は足取りを緩め、巨大な木の根の隙間を注意深く見回した。
「おかしいわね、何も見当たらないじゃない」
リネアはキョロキョロとまわりを見ながら、ずんずんと一人で前に進んでいった。
その時、ドスッと鈍い音が響いた。
「痛っ!」
リネアはバランスを崩しかけ、自分の足元を不思議そうに見つめた。
「なにか……柔らかいものを蹴っ飛ばしたみたいなんだけど?」
彼女のつま先が当たった場所で、空間が突然、水面のようにグニャリと揺らめいた。
物理的な衝撃を受けたこと、何より、術者自身の魔力がこの数日間で完全に底をついていたことが原因だろう。
完璧だった最高級の隠蔽魔法が、色褪せたキャンバスのように、半透明からゆっくりと輪郭を現していった。
数秒の後、ボロボロの灰色のマントを羽織った、骨と皮ばかりの『弱気な少年』が姿を現した。
彼はすっかり脱力した様子で泥の上に丸まっており、全身を小さくガタガタと震わせている。
まるで一吹きの風で吹き飛んでしまいそうな、枯れ葉のようだった。
ローウェンはその少年の前まで歩み寄り、冷たい目で彼を上から見下ろした。
その視線は、まるで燃えないゴミの袋を見るかのようだった。
「やっとお出ましだな、リヴィ」
メテオによる大惨事を引き起こし、西側の大公国とエルフの森を大パニックに陥れた張本人——『賢者リヴィ』。
彼は泥まみれの震える手で地面をかきむしり、極限まで衰弱した痩せこけた顔をゆっくりと上げた。
ローウェンの姿を見た瞬間、リヴィの目尻には、なんと感動の涙がじわっと浮かんだ。
「あ……ローウェン、久しぶり……」
リヴィは蚊の鳴くような細い声で、弱々しく救助を求める言葉を絞り出した。
「おねがい……何か食べるものをちょうだい……。ボク、もうお腹が空きすぎて死んじゃうよ……」
今回はリヴィのキャラクターデザインと、第20話の挿絵になります。
まぁ、大体こんな雰囲気ですね。
ちなみにちょっとした設定ですが、リヴィの魔導書は空中に召喚されて浮遊するタイプなので、実は毎回呼び出すたびに違う本が出てきているんですよ。
作中でエラがローウェンの魔力総量にそこまで驚いた理由ですが、ある事情により、ローウェンの魔力はA級冒険者の規格を完全に外れているからです。なのでエラの驚きはごく普通の反応です。(もしこれがトゴルトだったら、きっと鼻で笑って一蹴していたでしょうけどね)
次にリネアですが、彼女はエルフの血がそれほど濃くないため、実は3人の中で一番魔力総量が少ないです。しかし、彼女は約100年もの間、魔力運用の効率と精度をひたすら研究してきた努力家です。その結果、魔力操作の「精度」に関しては、2000年間森で暮らしていただけで特に修練をしてこなかったエラをわずかに上回っています。
ちなみに、レヴィの隠密スキルについても少しだけ。彼のスキルは姿を消すだけでなく、魔力の遮断具合が某漫画の「絶」と同じレベルです。一方で、作中の魔力探知は「円」のような万能レーダーではないため、彼をそう簡単に見つけ出すことはできない、という設定になっています。




