第18話 世界樹
ワールドマップ公開!
こちらが本作の世界地図になります。全体の形はグリーンランドと青森県をベースに作ってみました。
今後の展開で出てくる地名もあちこちに散りばめてあります。とはいえ、これが世界の全てというわけではなく、現在のストーリーにおいて事後処理班が活動するのは主にこの範囲内だけです。
ゆくゆくは極東の国だったり、南方帝国のさらに南、はたまたもっと西の神秘的な国へと足を伸ばすこともある……かも?
色々と想像を膨らませながら楽しんでいただければ幸いです!
「時間だ、ちょうど交代のシフトだな!」
2人のクエストの目的を知ったデロイは、交代にやって来た警備兵に軽く事情を説明すると、胸を叩いて自らガイド役を買って出た。
彼に案内され、ローウェンとリネアは、太陽の光すら飲み込んでしまうような薄暗い森の中へ、本格的に足を踏み入れた。
エルフの森に入った瞬間、周りの空気が一気に冷たくなった。
四方を見渡しても、空高くそびえ立つ古い巨木ばかりが果てしなく続いている。木の根とツルが複雑に絡み合い、どの木も全く同じ姿に見えた。
「そっちの人間さん、俺の足跡にしっかりついて来いよ。よそ見するな」
デロイは前を歩きながら、慣れた足取りで踏み場を選び、振り返る事なく注意した。
「エルフの森には、迷宮魔法がそこら中に仕掛けられてるんだ。俺達みたいにエルフの血を引く者が『正しい道』を案内しないと、普通の人間は一生森の中で同じ場所をぐるぐる歩き回るか、気付いたら森の外に追い出されてるかのどっちかだ」
ローウェンは何も答えず、いつでも剣を抜ける距離を保ちながら、デロイの斜め後ろを黙ってついて行く。
「そういえば」
デロイがふと後ろを振り返り、真ん中を歩くリネアを不思議そうに見た。
「お前、昔は『天下に名を轟かす大冒険者になる!』って豪語してたよな? なんでまた『事後処理班』なんて裏方に入ったんだ?」
リネアの足が少しだけ止まった。
さっきまでの得意げな表情が一瞬で崩れ落ち、目が泳ぎ始める。
「えっと……それはね……」
リネアは気まずそうに頬を掻いた。
「ほら……あたし、研究とかレア素材の収集に熱中しすぎちゃって。気付いたら、クエストで稼いだお金を全部、クスリや実験の道具に突っ込んじゃったのよ。最後には、ご飯を食べるお金すらなくなりかけて……」
「それで?」
「餓死しそうになってた時に、スタート村のギルドマスターから事後処理班を『お勧め』されたの」
リネアはため息をついた。
「討伐の大きな報酬はないけど、ギルドから安定して仕事がもらえるし、何より現場で一番早く、合法的にレア素材を回収できるからって……」
「ぷっ……」
デロイは耐えきれずに吹き出した。
「なんだよ! 結局のところ、ただ破産してギルドの雑用係になっただけじゃねえか!」
2人が面子を懸けて口喧嘩を始めようとした、その時だった――。
「ガサッ――!」
頭上の生い茂る木の葉から、突然、不自然な擦れる音が響いた。
ローウェンの目が一瞬にして鋭くなり、右手はすでに剣の柄を握っている。
「誰だ!」
デロイもすぐに笑いを消し、腰の短剣を抜いた。
「シュシュシュッ――」
しなやかな影がいくつか頭上から飛び降り、彼らの周りの木の幹やツルの上に音もなく着地した。
それは、緑色の迷彩革鎧を着た5人のハーフエルフのパトロール隊だった。彼らは全員が弓を構え、鋭い矢の先を冷たく光らせながら、容赦なく下にいる3人を狙っている。
「エルフの森は、許可のない侵入者を歓迎しない――待て」
先頭に立つパトロール隊長が厳しい声を上げたが、侵入者の顔を見た瞬間、その言葉がピタリと止まった。
彼は目を細め、リネアの顔をじっと見つめると、すぐに眉をひどくひそめた。
「リネア!? なんでお前が帰って来てるんだ!」
隊長が大声で怒鳴る。
「村の掟じゃ、お前の立ち入り禁止期間はあと『48年』残ってるはずだ! 今すぐ森から出て行け!」
ローウェンは剣の柄を握る手を少し緩め、リネアの方へ首を向けた。その瞳には、声なき無数の疑問が浮かんでいる。
「ま、待って! 隊長、説明させて!」
リネアは慌てて腰のポーチから書類を取り出し、高く掲げた。
「あたし、冒険者ギルドのギルドマスターが発行した『学術調査の特別許可証』を持ってるの! 公務で来たのよ!」
「偽造だ!」
隊長は、その書類をチラリと見る事すらなく、一切の躊躇なしに一刀両断した。
「お前、昔森のレア素材を密輸するために、何回村長の書類を偽造したと思ってんだ! 俺達がすっかり忘れたとでも思ったか!」
その言葉が出た瞬間、ローウェンがリネアを見る目が完全に変わった。
ただの疑問から、隠す事のない「燃えないゴミを見るような氷の視線」へと変わったのだ。
「ほ、今回は本物よ! この上の刻印を見て!」
リネアは顔を真っ赤にして、焦って地団駄を踏んだ。
隊長は彼女を完全に無視し、案内役のデロイに怒りの矛先を向けた。
「デロイ! お前、入り口の警備兵のくせに人間を入れただけじゃなく、なんでこのトラブルメーカーまで連れて来た!」
「みんな落ち着け! まずは弓を下ろしてくれ!」
パトロール隊の弓がギリギリと引き絞られるのを見て、デロイは慌てて2人の前に立ち塞がり、両手を激しく振って説明した。
「こいつら、本当に冒険者ギルドから来たんだ! 昨日森に潜り込んだあの『大トラブル』を捕まえるためにな! この人は事後処理班のリーダー、ローウェンだ!」
「昨日の大トラブル」という言葉を聞いて、パトロール隊員達は顔を見合わせ、張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ。
デロイが必死に説得し、ローウェン自らが大公国ギルドの刻印が押された依頼書を渡し、隊長がそれを隅々まで確認してようやく、パトロール隊は半信半疑で弓を下ろした。
危うく戦闘になりかけたピンチは、どうにか回避された。
しかし、隊長から依頼書を返された後も、ローウェンはすぐには歩き出さなかった。
彼は振り返り、あの燃えないゴミを見るような無慈悲な目で、リネアをじっと睨みつけた。
「あの……ローウェン班長。説明させて、あれは若気の至りというか……」
リネアは後ろめたそうに目を逸らし、ぎこちない口笛を吹きながら、魂まで突き刺してくるようなローウェンの疑いの視線から必死に逃れようとした。
誤解は解けたものの、パトロール隊長は明らかに、リネアの人格をこれっぽっちも信用していなかった。
彼は強硬な態度で、完全武装した2人の隊員を、デロイが率いるパーティーの後ろにピタリと張り付かせた。
「なんで見張りを付けるのよ! あたし達、犯罪者じゃないのに!」
リネアは歩きながら、不満そうに後ろへ向かって愚痴をこぼす。
「当たり前だ! お前がまた何かやらかさないように防ぐためだ!」
後ろの隊員が容赦なく言い返す。
「それに、この先は純血エルフの領地だ。あの方達は俺達みたいに話が通じる相手じゃない。少しでも妙な真似をしたら、そのまま縛り上げて森の外へ放り出すからな!」
「なんだって! あたしはちゃんとした公式の書類を……」
ハーフエルフ3人が道中で繰り広げる騒がしい口論に、ローウェンは全く介入する気はなかった。
彼はただ無表情のまま黙々と歩き続け、彼らの声を森の虫や鳥の鳴き声と同じように、脳内で完全にフィルターにかけていた。
そうして薄暗い森の中を半日ほど歩き続けた後、周りの景色が、目に見えて突然の変化を起こした。
彼らは見えない境界線を越え、ついに「世界樹の森」の領域へと足を踏み入れたのだ。
ローウェンはすぐに環境の劇的な変化に気付いた。
ここも同じように古い巨木がそびえ立っているが、光すら飲み込むようなエルフの森の薄暗さとは全く違う。太陽の光が厚い葉に完全に遮られることなく、枝葉の隙間を抜けて均等に地面へと降り注いでいた。
空間全体が明るく透き通り、気温も心地よく、空気中には微かに清らかな香りが漂っている。
「ふあぁ……」
この領域に入った瞬間、エルフの血を引くリネア、デロイ、そして2人のパトロール隊員は、同時に酔いしれたような表情を浮かべた。
彼らにとって、ここに満ちている濃密で純粋な魔力は、まるで恵みの雨のようなものだ。その清々しい感覚は、ただここで呼吸しているだけで、世間の悩みや体の疲れが全て吹き飛んでしまうほどだった。
全員がその魔力のシャワーを楽しんでいた時、前方の森の小道に、音もなく2つの影が現れた。
2人の純血エルフだ。
彼女達の雰囲気は、現代のスーツを着こなし、人間社会で何千年も生きてきたギルドマスターのレウスとは全く異なっていた。
腰まで届く長い髪は、月光のように眩しい銀白色に輝いている。天然の植物繊維とツルで編まれた質素なローブを身に纏い、その瞳には、世俗から完全に切り離されたような、浮世離れした空虚な光が宿っていた。
純血エルフが姿を現したのを見て、デロイと2人のパトロール隊員はすぐにリラックスした表情を消し、敬意を払って前に出た。
彼らは声を潜め、早口でローウェン達の来意と大公国ギルドの依頼について説明した。その間、リネアは隊員の1人に肩をガッチリと押さえつけられ、絶対に口を開いて台無しにするなと、厳しい視線で警告されていた。
ハーフエルフからの報告を聞き終えると、「エラ」と呼ばれる純血エルフの1人が、ローウェンへと視線を向けた。
その銀白色の瞳は、まるで人の心をすべて見透かすかのようだ。少しの間を置き、エラは透き通った静かな声で言った。
「人間よ、私について来なさい。『母』の元へ案内します」
そして、彼女はデロイ達へと顔を向けた。
「他の者は、森へ下がりなさい」
厳格な階級と掟の前では、デロイやパトロール隊員達も、ただ大人しく一礼するしかなかった。
彼らは来た道を戻り、再び薄暗いエルフの森へと消えていった。
エラの案内に従い、ローウェンと、ようやく自由を取り戻したリネアは、禁足地の最深部を目指して歩き続けた。
さらに1時間ほど歩くと、周りの木々が少しずつ減り始め、パッと視界が開けた。
ローウェンは足を止め、顔を上げ、目の前にある常識を超えた存在を見上げた。
それは、正真正銘の「天を突く巨木」だった。
幹の太さは数十メートルにも及び、まるで巨大な要塞のようだ。そしてその豊かに茂る枝と葉は、四方八方に向かって数キロも広がり、まるで空全体を支える巨大な緑の傘のように見えた。
ここがエルフの聖地、伝説の「世界樹」だ。
その世界樹の巨大な幹の正面には、太い木の根が自然に絡み合ってできた、天然の椅子があった。
今、その木の椅子の上には、静かに座っている1つの影がある。
それは実体ではなく、純粋な緑色の魔力が集まってできた、まるで「立体映像」のような半透明の女性の姿だった。
彼女は古いローブを纏い、底知れない慈愛と、全てを包み込むような古代のオーラを放っている。
世界樹の化身、「母」。
彼女は静かに、ローウェンとリネアを見つめていた。




