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第16話 過去の傷痕

「……俺は先に休ませてもらいます」


ローウェンは立ち上がり、椅子を押し込んだ。


「先ほど竜を解体して、魔力を消耗しすぎました。用がないなら、声をかけないでください」


それだけ言い捨てると、ローウェンは振り返ることなくレストランを後にし、レウスが手配した客室へと向かっていった。


ローウェンの背中が食堂の入り口に消えたその瞬間、膨大な情報に圧倒されて大人しくしていたリネアの封印が、一気に解き放たれた。


「6000年! ほんとに6000年も生きてるの!?」


リネアは興奮気味に、矢継ぎ早に質問を浴びせかける。


「じゃあ、勇者がどんな顔してたか見たことある!? 昔のナシア大陸にはいっぱい魔物がいいたの!? あとね、世界樹が引っ越してきたばかりの頃って、すごく小さな木だったの!? 森を出た後って、ずっと何してたの!?」


ハーフエルフの少女による怒涛の質問攻めを前にしても、レウスは優雅で余裕のある微笑みを崩さなかった。


「ふふっ、落ち着きなさい、お嬢さん。6000年の物語を全部話そうと思ったら、来月までここに座ってご飯を食べ続ける事になるよ。僕のような退屈な老いぼれの話よりも、キミは自分の相棒の過去について、少しは興味がないのかい?」


「ローウェンの?」


リネアは一瞬きょとんとしてから、身を乗り出していた姿勢を戻し、再び椅子に座り直した。


「あいつの事なんて、聞くことある? 仕事人間で、風情のかけらもなくて、一日中むっつりした顔してるじゃない。あんなの、ただの退屈で堅物かたぶつな鉄仮面よ。強いて特別だって言える事があるなら、若い頃にあんな熱血なセリフを吐いてたってことくらいね!」


そう言いながら、リネアは自分でも耐えきれずに吹き出してしまった。

レウスもつられて軽く声を上げて笑ったが、ティーカップを持つ手がほんの少しだけ止まり、その視線はどこか遠くへ向けられていた。


「彼は昔、こんなふうに『事後処理』ばかり気にする性格じゃなかったんだよ」


レウスはカップの中の琥珀色の液体を見つめ、ゆっくりと語り出す。


「南方帝国の軍隊で培った確かな基礎があったからね。ローウェンは冒険者として登録された直後、いきなりギルドからBランクに認定され、わずか半年足らずでAランクへ昇級した。当時のギルドでは最も眩しく、意気揚々とした期待の新星だったのさ」


リネアは目を大きく見開いた。ローウェンが強いことは知っていたが、「意気揚々とした期待の新星」という言葉は、今の事後処理班の班長としての様子とは到底結びつかない。


「じゃあ……その後は? なんで今みたいな姿になっちゃったの?」


レウスの口調が、急に重苦しくなった。


「その後の、あるクエストで。彼の所属していたパーティは……想像を絶する災厄に見舞われたんだ。結果は、パーティの全滅。ローウェンただ1人だけが満身創痍となり、生死の境を彷徨いながら生還したんだよ」


防音結界の中の空気が、この瞬間、さらに重く冷たく沈んだように感じられた。


「あの惨劇の後、彼は完全に別人に変わってしまった。誰かとパーティを組むことを拒絶し、一匹狼へと転向したんだ。さらに、慣れ親しんだ西の地を離れ、魔王軍と最も衝突しやすい『北方王国』へと向かった。……まるで死に場所を探しているかのようにね」


リネアは呆然とし、一言も発することができなかった。ローウェンのあの鉄仮面のような無表情は、再び喪失の痛みを味わうことを恐れている証だったのだ。


「だからね、後に彼が『事後処理班』の設立を提案し、自らが班長になったと聞いた時は……僕は本当に驚いて言葉が出なかったよ。そして、まさかこんな形で彼と再会することになるなんてね」


リネアは俯き、膝の上で両手をきつく握りしめた。彼女には到底聞く勇気などなかった。当時のその「全滅クエスト」で、一体何が起きたのかを。


空気が少し感傷的になりかけた、その時だった――。


バンッ!


防音結界越しでも分かるほど勢いよく、レストランの扉が開け放たれる音が響いた。レウスが即座に指を鳴らして結界を解くと、大公国ギルドの情報官が真っ青な顔で飛び込んできたのだ。


レウスは緊急の巻物を素早く確認すると、一瞬にして顔色を凍らせた。


「どうやら、ローウェンにはゆっくり休んでいる時間はなさそうだね」


「何があったのよ?」


「『賢者リヴィ』を追跡させていた斥候から報告が入ったんだ。あのクレーターを引き起こした奴は、エルフの森へと逃げ込んだ。しかも……禁地である『世界樹の森』に向かって、一直線に進んでいる」


「なんだって!?」


リネアは勢いよく椅子から立ち上がった。エルフの血を引く彼女にとっても、そこは絶対に守り抜くべき信仰の聖地だ。


「あたし、ローウェンを叩き起こしてくる!」


リネアは迷うことなく背を向け、全速力で駆け出していった。


ガンガンガンガン!


激しくドアを叩く音が、静かな客室の廊下に響き渡る。


「ローウェン! 早く開けて! 大変なことになったわ!」


リネアの焦った声が、分厚い木のドアを突き抜けてくる。


ドアノブが回り、ローウェンは少し寝癖のついた頭で、疲れた顔を見せてドアを開けた。

先ほど莫大な魔力を消費したばかりだが、その態度は依然として冷静だった。


「……クレーターの穴埋めなら、自分達でやれと言ってくれ」


ローウェンは全く抑揚のない声で言う。


「違うわよ! あの隕石を落としたイカレ野郎のことよ!」


リネアは焦って地団駄を踏んだ。


「情報官の話だと、リヴィの奴、エルフの森の最深部にある『世界樹の森』に向かって一直線に進んでるらしいの! あそこは禁足地よ。もしあんな場所で魔法をぶっ放したら、森が全部吹き飛んじゃうわ!」


焦ってパニックになっているリネアを見て、ローウェンは深くため息をついた。


「……少し落ち着け」


ローウェンは指で目頭を揉む。


「リヴィは確かに、魔物を見れば頭に血が上って戦略級魔法をぶっ放すバカだ。だが、何の理由もなく森を消し飛ばすような悪党じゃない」


リネアはぽかんとした。

ローウェンは普段から「バカ」だの「トラブルメーカー」だのと口にしているのに、こんなギリギリの状況で、あのとんでもない元パーティメンバーに対して絶対的な信頼を寄せているなんて思ってもみなかったからだ。


「でも……」


「でもはない。俺はまだ魔力が完全には戻っていない。今日出発するのはリスクを増やすだけだ。明日の朝一番で出発する」


ローウェンは冷たく話を遮り、さらに現実的な問題を投げかけた。


「それよりも、お前は自分の心配をした方がいい」


「あたし?」


「お前にはあと50年の立ち入り禁止令が出ているのを忘れたのか?」


ローウェンは無表情で彼女を見つめる。


「ギルドマスターの紹介状があるとはいえ、中のエルフに問い詰められたら、追い出されない保証はない。今のうちに部屋に戻って、明日どう言い訳するか考えておいた方がいいぞ」


リネアは口を開けかけたが、全く反論できないことに気づいた。

溢れていた焦りも冷や水をぶっかけられたように消え失せ、彼女はただ不満そうに肩を落とすしかなかった。


「……分かったわよ。準備すればいいんでしょ」


リネアが大人しく自室に戻っていく後ろ姿を見送り、ローウェンはドアを閉めた。

そして再びベッドに体を投げ出し、体力回復のために残された時間で眠りについた。


改めて振り返ると、第三章はその大半が会話によって物語が進行していく構成となりました。話数も一番多くなったため、展開として少々おとなしく映ったかもしれません。


格好いい戦闘描写を描くのはなかなかに難しく、いつも頭を悩ませているのですが(戦闘シーンは第五章でしっかりお届けする予定です)、本作の面白さはそこだけではないとも思っています。


事後処理班の面々と共に、毎話ごとに巻き起こる事件を一つずつ解決していく――その過程に漂う独特の空気感こそが、この物語の最大の売りであり、醍醐味なのだと信じて執筆を続けました。


少々自画自賛が過ぎてしまいましたが、皆様にその醍醐味を少しでも味わっていただけていれば幸いです。

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