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第14話 黒い針

ギルドマスターの執務室に再び戻った時、ローウェンの表情はいつも以上に険しかった。


普段なら部屋の中で大声を出したり、あちこち触りまくったりするリネアも、この異常な重苦しい空気を敏感に察知していた。珍しく大人しく隅に立ち、一言も発しない。


「……どうやら、あなたが昨日言っていた政治闘争の陰謀というのは、判断ミスのようですね」


ローウェンは不吉な黒いオーラを放つ針型の魔石を、レウスのデスクに置いた。


レウスはその魔石を手に取った。

そこから漂う吐き気を催すような気配を感じ取り、いつも浮かべていた穏やかな笑みを一瞬で消し去った。顔を沈ませ、信じられないといった口調で呟く。


「魔王軍……か」


「ギルドの内部通報は、すでに目を通しているはずです」


ローウェンは頷き、情報を擦り合わせる。


「以前、大陸中央のスタート村……俺が前に駐在していた初心者村ですが。そこのランクアップ試験を破壊しようとした者がいました。俺が試験会場で相対した奴の体から放たれていた邪気は、これと全く同じものです」


レウスは魔石を置き、深くため息をついて眉間を揉んだ。


「氷玉竜がこんな魔法に操られるなんて、僕には到底考えられないよ。氷玉竜は、『母さん』が創り出した魔法生物だというのに……」


その言葉が、あるスイッチを押してしまった。


「氷玉竜が魔法生物だって!?」


部屋の隅で静かにしていたリネアが、とうとう内なる衝撃を抑えきれず、大声で二人の会話に割り込んだ。


「……少し静かにしてください。今は重要な話をしているところです」


ローウェンは彼女を止めようとする。


「冷静にって、そんなの無理に決まってるじゃない!」


リネアは頭を抱え、絶望したように叫んだ。


「魔力で維持されてる魔法生物って事は、5、6日して魔力が尽きたら、氷玉竜の素材は自然に消えちゃうって事!? じゃあ、あたしが昨日クレーターの底で徹夜して、灰と氷まみれになりながら採取した努力は、全部無駄になったってわけ!?」


消滅してしまう素材のために泣き叫ぶリネアを見て、ローウェンはやれやれとため息をつくしかなかった。


しかし、リネアの絶望はほんの数秒しか続かなかった。

彼女は勢いよく顔を上げ、珍しく怒りの炎が燃え上がっていた。


「いや、素材の事はさておき、魔王軍ってどういう事よ!?」


リネアはローウェンとレウスを睨みつける。


「魔王はずっと北方王国の軍隊によって、さらに北の海域の向こう側に足止めされてるはずじゃない! なんで奴らの力が国境を越えて、スタート村にまで影響を与えてるのよ?」


「ですから、それはあなたには関係な……」


ローウェンは冷たく言い放ち、彼女をこの危険な話題から遠ざけようとした。


「あるわよ!」


リネアは一歩も引かずにローウェンの言葉を遮り、両手でデスクを強く叩いた。その目には強い決意がこもっている。


「あたしにだって、四分の一はエルフの血が流れてるの! エルフにとって、魔王軍は絶対に相容れない敵なのよ! 忘れないで。魔王軍がそこを占拠する前、あの遥か彼方のナシア大陸は、元々私達エルフの国だったんだから!」


執務室の空気が、一瞬にして張り詰めた。

リネアはいつものふざけた態度を完全に引っ込め、エルフとしての側面から来る強い誇りと深い恨みを露わにしている。


「まあまあ、ローウェン」


空気が険悪になったのを見て、レウスがタイミングよく仲裁に入った。彼はデスクを軽くノックし、二人の注意を引き戻す。


「彼女は君の相棒なんだから、情報共有はきちんとしておいた方が良いと思うよ。後で危険に直面した時、情報のズレで反応が遅れたら困るだろう?」


ローウェンは一歩も引かないリネアと、微笑んでいるレウスを交互に見て、最後は仕方なく妥協した。


「……仕方ない」


ローウェンはため息をつき、リネアに向かって言う。


「後でギルドマスターへの詳細な報告が終わったら、1階のレストランで待っていてください。そこで事の顛末を話します」


ローウェンが約束したのを聞いて、リネアはようやく満足そうに鼻を鳴らし、元の隅っこへと戻っていった。


「それなら、報告が終わったら僕も一緒にランチに行かせてもらおうかな」


レウスは優雅な微笑みを取り戻し、のんびりとした口調で言った。


「『母さん』が側にいないと、自分で食事をしてエネルギーを補給しないといけないからね。でも正直なところ、こういう感覚も悪くないものだよ。僕は特にお米が好きなんだ」


純血エルフのギルドマスターによる、少しギャップのある日常的な発言のおかげで、執務室の重苦しく張り詰めた空気は、ようやく少しだけ和らいだ。

実はこの第三話、もともとは次の第四話と同じ一つのエピソードとして執筆していました。


しかし、いざ書き終えてみると文字数が六千字に迫る大ボリュームになってしまい……! あちこち削って調整したものの、それでも五千字を軽く超えてしまったため、泣く泣く二つの話に分割することにいたしました。


そういう事情もあり、今回は執筆中のバタバタで、個別のイラストを用意することができませんでした。


執務室の中だけでひたすら真面目な会話が続く回となってしまいましたが、楽しんでいただけていれば幸いです。

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