第13話 建国の歴史
ギルドマスターの執務室。
大きな窓から差し込む太陽の光がカーペットを照らし、外の瓦礫の山のような大惨事とは、全く正反対の暖かさだった。
「どうしてかなんて、これっぽっちも知りたくない」
ローウェンはイスの背もたれによりかかり、深く重いため息をついた。
レウスはクスッと笑い、引き出しから『極秘』のハンコが押されたレポートを取り出すと、ローウェンの前へスッと滑らせた。
「口ではそう言っていても、クレーターの底でドラゴンの死骸を見た時、君の頭の中ではとっくに答えが出ていたんだろう?」
レウスの声音が、不意に真面目なものへと変わった。
「氷玉竜の頭に、黒いオーラを放つ針みたいな魔石が、ムリヤリ突きささっていたんだ。外に出ていたのは、ほんの3センチくらいだったけどね」
ローウェンは否定しなかった。
先ほど指示を出す前、長年の勘で、氷の下に隠されたその不自然な点にちゃんと気づいていたのだ。
「氷玉竜が住んでいるのは、大公国と北の国境にある極寒の山脈だ」
ローウェンは冷たい声で事実だけを口にした。
「あいつらは普通、ずっと冬眠していて、周りの冷気を吸うだけで生きていける。だから、他の生き物が近づくのを極端に嫌がるんだ」
「その通り」
レウスは頷いた。その銀色の瞳に、冷徹な光が走る。
「ごく稀に山脈から飛来することもあるが、それだって数百年に一度の特異現象だ。それに、その謎の魔石だ。つまり、あの竜は迷子になって首都に来たわけじゃない。誰かがその黒い針を使い、氷玉竜の理性を破壊して、この巨大な天災を我が大公国の首都へと、意図的に『誘導』したんだよ」
ただの魔物の暴走ではない。
これは、綿密に計画されたテロ攻撃だ。
「なぜまた、大公国の首都など攻撃する? 誰に何の得がある?」
レウスはすぐには答えなかった。
立ち上がって洒落たティーテーブルの方へ歩み寄り、紅茶を二つ淹れると、そのうちの一つをローウェンの前へと差し出した。
「それはね、この大公国が興った歴史から話さなきゃならない」
レウスはティーカップを持ち、メテオでふきとんだ城壁の方を見ながら、ゆっくりと話しはじめた。
「百年前、ここはまだ北の王国の領地だったんだ。当時の領主だった『リヒト大公』が、その頃の王の圧政に耐えかねて、一部の貴族を率いて反乱を起こした」
「その時、僕はもうここで冒険者ギルドを運営していてね」
レウスは、遥か昔の記憶を懐かしむように穏やかに微笑んだ。
「ちょっとだけリヒトの手伝いをしたんだ。そして無事に独立を果たし、この『リヒト大公国』が誕生した。そういう歴史があるから、大公国の政府と当冒険者ギルドは、他国よりも遥かに強いパイプで繋がっているんだよ」
ローウェンは紅茶を一口啜り、黙って耳を傾けていた。
「現在の大公国は、貴族たちが話し合う評議システムで動いている。そして今の元首は、まだ王座について一年しか経っていない、二十歳の『リヒト四世』だ」
レウスはくるりと振り返り、ローウェンを見据えた。
「若い指導者は、狡猾な貴族たちに利用されたり、暗殺されたりしやすい。だが、彼の王座は今、驚くほど安定している」
「あんたが後ろ盾になっているからだろう」
ローウェンはズバリと言い当てた。
この、どれほどの年月を生きているかも分からない純血のエルフのギルドマスターと、その背後に控えるギルドの凄まじい戦力がバックについているのだ。あの若い王を、簡単にどうこうできる者などいるはずがない。
「その通り」
レウスはティーカップを置き、険しいカオになった。
「今回の氷玉竜のテロは、国内の反対派の貴族か、北の王国のヤバい連中がやった可能性が高い。
天災を利用してパニックを起こし、リヒト四世への信頼を失墜させたかったんだろうね。
もしリヴィがたまたま通りかからなかったら……あいつのやり方は最悪だったけど、もし氷玉竜がホントに町の中に入りこんでいたら、首都はまるごと凍りついていただろう」
執務室の中が、少しの間シンと静まり返った。
泥沼の如き政治の権謀術数が、無視できぬほどに漂い始めていた。
ローウェンは空になったティーカップをテーブルに置き、立ちあがって革ヨロイのホコリをポンポンとはたいた。
「素晴らしい歴史の授業と、政治の分析だったな、レウス」
ローウェンは興味なさげに、そっけなく呟いた。
「だが、政治のゴタゴタとかテロ対策は、大公国の軍隊の仕事だ、『事後処理班』のやる仕事じゃない」
レウスは彼を見て、困ったように苦笑いした。
「もちろん分かっているよ。僕だって、最前線から退いた君を、こんな面倒な権力闘争に巻き込むつもりはないさ」
「ならいい」
ローウェンはくるりとドアのほうへ向かった。
「外のクレーターを平らにして、竜の死骸を片づけたら、あのハーフエルフを連れてスタート村に帰る。
あの黒い針は、解体が終わったらそのままあんたに渡すから、あとの面倒はそっちで片づけてくれ」
レウスはローウェンの絶対にゆずらない背中を見て、笑いながら首をふった。
この男が一度決めたら、意見をかえさせるのはムリだ。
しかし、本当にローウェンが思うように、この件からサクッと手を引けるだろうか?
次の日の朝。
レウスが用意してくれた快適なコテージで一晩ぐっすり眠った後、ローウェンは手際よく片手剣の手入れをしていた。
そこへ、大公国の連絡係の兵士がハァハァと息をきらしてドアをノックしてきた。
氷玉竜のウロコが、ついに炙りおとされたという連絡だった。
ローウェンがふたたび城門の前にやってくると、現場の景色はガラリと変わっていた。
土魔法使いが徹夜でがんばったおかげで、直径50メートルのクレーターは、竜の死ガイのまわりをのぞいて、ほとんど平らに埋められていた。
バラバラになった城壁も片づけられ、商人の馬車がどうにか通れる道ができている。
昨日のギュウギュウでうるさかったパニック状態はもうなく、西のギルドと軍隊の、ものすごい仕事の早さを見せつけていた。
「ローウェン! 見てよ!」
クレーターの底に近づいたとたん、目の下にクマをつくった、明らかに徹夜明けのハーフエルフが、興奮した様子で跳ねるように駆け寄ってきた。
リネアは分厚い防寒グローブをはめた両手で、竜のシッポから叩きわった氷のように青いウロコを、自慢げに見せびらかした。
「見て! このウロコ、グローブがないとフツウの人はぜったいに持てないのよ!
それにね、知ってた? 氷玉竜の血って透明なの! しかも空気にふれると、あっというまに凍っちゃうのよ!
あたしの氷魔法で冷やして、やっと固まらないサンプルを小ビンに1つだけとれたの! それでね……」
ローウェンは無表情のままスッと手をのばし、近づいてきたリネアの顔を、ようしゃなくグイッと横へおしやった。
「ジャマだ」
ローウェンは、ペラペラしゃべるリネアを冷たくぶったぎった。
「これから竜の死骸をそのまま解体する。欲しい素材があるならさっさと回収して、うんと遠くまで離れてろ」
リネアは頭にハテナマークをうかべて、パチパチとまばたきした。
「え? なんで遠くまで逃げるの?」
「俺はちゃんと警告したからな」
ローウェンはそれ以上説明せず、となりのギルドスタッフの方を向いて指示を出した。
「ほかのヤツらも全員下がらせろ。結界を張れるヤツがいるなら、竜がぜんぶ入るくらいのバリアを張れ」
「結界なら、あたしが張るわ!」
リネアがすぐに手をあげた。
ローウェンは、彼女が抱えているビンやウロコの山をチラリと見た。
「お前は、その大事な素材が木っ端微塵にならないように、結界で守っておくのが先だろ」
「バカにしないでよね! 結界を2つ同時に維持するくらい、あたしには余裕なんだから!」
リネアはプンと鼻を鳴らした。
大事な素材を地面に置き、両手で素早く印を結んだ。
一瞬で、うすい緑色の頑丈な半透明の結界が下からブワッと立ち上がり、巨大な氷玉竜の死骸をすっぽりと包み込んだ。
そしてもう一つ、小さな結界が、彼女の素材の山をガードした。
結界が機能しているのを確認すると、ローウェンは竜の胸のあたりへ歩いていき、徹夜の炎でポロリと剥がれ落ちた、タワーシールドほどもある巨大な『白い鱗』を拾い上げた。
激しく炙られたせいで、危険な冷気はもう発していないが、それでも雪のように真っ白で、クリスタルのようにキラキラと輝いていた。
ローウェンはろくに見もせず、円盤投げのように、その超お宝レベルの鱗をリネアの方へポイッと遠くへ放り投げた。
「ちょっと! 素材を雑に扱わないでよ!」
リネアは悲鳴をあげ、飛んできたデカいウロコにむかってダイブした。
全員が安全な距離まで下がり、結界もバッチリなのを確認すると、ローウェンはウロコというバリアをなくした竜の胸の前に、たったひとりで立った。
彼はゆっくりと、片手剣をぬいた。
ローウェンは深く息を吸い込み、自分の中にあるとんでもない量の魔力を、余すことなく剣に流し込んだ。
なんの変哲もない片手剣が、一瞬で眩しい赤い光を爆発させる。剣の周りの空気すら、濃すぎる魔力で陽炎のように歪んだ。
彼は両手で剣をにぎり、氷玉竜のむきだしの弱点めがけて、いっさいためらわずに深く突きさした。
そして、剣にためこんだ魔力を、一気に竜の死骸の奥深くへと流し込んだのだ。
「ドガァーーンッ!」
腹の底に響くような凄まじい爆音と共に、荒れ狂う魔力が竜の体内で恐ろしい連鎖爆発を起こした。
その瞬間、超高密度の魔力でできた赤い炎の刃が、嵐のように氷玉竜の体内から外にむかって大爆発したのだ!
「ギャキィィィンッ! ガキンッ! ガインッ!」
鳥肌が立つような切り裂く音と共に、中から飛び出した鋭い刃が、一瞬にして氷玉竜の凍りついた肉と骨をミキサーのように切り刻んだ。
飛び散る魔力の刃がリネアの張った結界にガンガンぶつかり、激しい波紋を広げ、金属がぶつかるような激しい音を立ててから、ようやく消えていった。
ほんの数秒で、嵐はおさまった。
結界の中には、さっきまで小山のように巨大だった竜の姿はもうなかった。
代わりに、中から外へ見事に切り分けられた、箱に詰めて運ぶのに最適なサイズの肉の塊、骨、そして散らばった鱗だけがあった。
まわりにいたギルドスタッフも冒険者も、呆気にとられて言葉を失い、現場はシンと静まりかえった。
彼らは、剣をサヤにおさめるその男を、まるで本物のモンスターを見るような目で見つめていた。
巨大な白い鱗を抱えたリネアが、小走りで駆け寄ってくる。
そして、見事に切り分けられた素材の山を目にすると、その翠眼を驚きに見開いた。
「あんた、強すぎじゃない!? 一瞬でこんなデカブツを解体するなんて、いったいどうやったのよ!」
「昔、氷玉竜と戦ったことがあってな。そのあとで考えた対策だ」
ローウェンは服についた氷の粉をポンポンと払い、たんたんと答えた。
「氷玉竜と戦ったことがあるの!?」
リネアの目がキラッと光り、野次馬の血が騒ぎ立った。
「いつ!? その時どうやって戦ったの!?」
「うるさいな」
ローウェンは、彼女の質問攻めを面倒そうにぶった斬った。
彼は霜と細切れの肉がちらばる地面を踏みしめ、キレイに切りはなされた竜の頭のところへ歩いていった。
しゃがみこみ、手をのばして、逆さウロコに刺さっていた10センチくらいの黒い針の魔石をにぎり、グッと力をこめて引きぬいた。
だが、彼の指がこの黒い魔石にふれたその瞬間。
ものすごくよく知っている、悪意とドロドロの邪悪なパワーが、指先からビリビリと伝わってきた。
その感覚は、冒険者昇級試験でローブの男と戦った時の、あの短剣から出していたオーラと、まったく同じだった。
ローウェンは目を閉じ、この黒い針をギュッと強くにぎりしめた。
彼は頭の中で、この裏にある繋がりを瞬時に計算した。
誰かが危険な変異魔石を集め、天災を起こそうとしている。
そしてこのオーラは、彼が一番向き合いたくない過去へ、真っ直ぐ繋がっていた。
少しして、ローウェンは目を開けた。
黒いオーラを放つ魔石を見つめ、底なしに重い、深いため息をついた。
「どうやら……そう簡単には帰れそうにないな」




