第12話 クレーターと氷玉竜
最高級の魔法クッションを備えた特急馬車であっても、リヒト大公国の首都の正門まであと少しというところで、止まらざるを得なかった。
理由は単純だ。前の道が『消滅』していたからである。
ローウェンは馬車のドアを押し開け、地面に足を下ろした途端、目の前の光景にピタリと足を止めた。
本部からのレポートは読んでいたが、現場の息がとまるようなヤバい破壊力は、文字だけじゃとうてい伝わらない。
直径50メートル以上。フチが黒コゲのガラスみたいになった恐ろしいクレーターが、平らだった石畳の道をガッツリとえぐりとっていた。
それだけじゃない。この『メテオ』という戦略級の魔法は、大公国の10メートルもある城門をふきとばし、左右のブ厚い城壁までもバラバラの石ころに変えていた。
クレーターのまわりにポツポツと建っていた、商人たちの休憩用の家や宿屋も、今はすべて煙をあげるガレキの山になっている。
ローウェンは、この世界の終わりのような大惨事を、無表情で見つめていた。
彼の頭の中にある『ヤバいヤツ・リスト』で、ひそかに「リヴィ」という名前を、トップ3のポジションへひきあげた。
「この破壊力……あたしが前にふきとばした実験室より、ずっとスゴいじゃない!」
馬車からとびおりたリネアが息をのみ、その目をワクワクした驚きでキラキラと輝かせた。
「お前のは犯罪だ。こっちは天災と呼ぶ」
ローウェンは冷たく言い放った。
正門とメインストリートが完全にぶっこわれたせいで、城に入ろうとしていた商人や旅人、家をなくした住人たちが、クレーターのまわりにギュウギュウづめになっていた。どこまでも続く長い長い行列だ。
馬車や荷物用のケモノ、そしてイライラした人々がひしめきあい、現場は耳が痛くなるほどの文句とパニックにあふれている。
現場には、汗ダクの大公国の兵士たちが何十人もいた。
彼らは声を大きくする魔道具をにぎりしめ、のどがちぎれるほど叫んで、どうにかパニックをおさえようとしている。
「みなさん、落ち着いてください! 正門はもう通れません! 商人の方は案内どおりに、5キロ先の東門へまわって入城してください!」
兵士の声は、うるさい人ごみのなかで、ひどくたよりなくひびいた。
リネアはキョロキョロとあたりを見まわし、おかしそうに首を傾げた。
「おかしいわね。家があんなにペチャンコなのに、ケガ人とか血のあとがぜんぜん見あたらないわ。あたしは気にしないけど、ちょっとフツウじゃないわよね?」
「つぶれた建物のガレキを見てみろ」
ローウェンは、ガレキのなかでピカピカとあやしく光る、何枚かの木の板を指さした。
リネアが近づいてよく見ると、板や石ころの表面には、うすい氷がびっしりとくっついていた。
「氷玉竜の冷気だ」
ローウェンはたんたんと説明した。
「リヴィのメテオが落ちてくるより前に、あの竜が放つとんでもない冷気が、ここを先にのみこんだんだ。大公国も早めに避難のサイレンを鳴らしただろうしな。バカみたいにその場で死を待つヤツはいなかったってわけだ。この大惨事のなかで、それだけが唯一のラッキーだな」
2人はもみくちゃのパニックをかきわけて、ようやくクレーターのフチにたどりつき、下を見おろした。
うっすらと熱気をあげる穴のド真ん中に、10メートル以上もあるバカでかいモノが横たわっていた。
『氷玉竜』の死骸だ。
白い玉のようにキレイだったはずのウロコは、メテオの熱とショックで大半がくだけちり、黒コゲでボロボロのヒドいありさまだ。
それでも、残った体からはまだスゴい冷気がもれだしていて、底の熱とぶつかりあい、不気味な白い霧をつくりだしていた。
白い霧が立ちこめるクレーターの底。
地元の冒険者ギルドの服を着たスタッフ数人と、ガチガチの装備でかためたハイランクの冒険者たちが、氷玉竜の死骸をかこんでいた。
彼らは氷玉竜を指さしながら、ああだこうだと激しく言いあっているみたいだった。
だが、誰ひとりとしてギリギリのラインをこえて、そのデカい死骸をどうにかしようとする者はいない。
「ギルドの連中も、お手上げってわけか」
ローウェンはため息をついた。けっきょく、この面倒な後始末は自分がやるハメになるのだ。
あちこちの出張に持ち歩いているズッシリ重い『事後処理キット』をヒョイと持ちあげ、リネアに手まねきした。
そして2人は、急で少しツルツルすべるクレーターの斜面をズルズルとすべりおり、猛烈な冷気を放つ氷玉竜の死骸へと歩いていった。
ローウェンは重い革ブーツで、黒コゲの底にドスッとしっかり着地した。
そのまま、なすすべもない西のギルドスタッフたちの前へとまっすぐ向かった。
「本部から支援にきた、事後処理班のローウェンだ」
ふところからクシャクシャの辞令をとりだし、ヒラリとゆらした。
「現場の処理はどうなってる? 状況を教えろ」
リーダーらしきギルドスタッフは一瞬キョトンとしたが、辞令をしっかり見ると、絶望から一転、救世主を見たような大ヨロコビの顔になった。
「はい! 事後処理班のリーダーに直接来ていただけるなんて、本当にたすかりました!」
スタッフはピシッと気をつけをして、早口で報告した。
「見てのとおり、兵士たちの避難誘導を手伝うために人を出し、一部の冒険者にはクレーターのまわりを埋める作業をさせています。今、底に残っているのはBランク以上の冒険者だけです。本当はここで氷玉竜を解体して、運んで帰るつもりだったんですが……」
スタッフはヤバい冷気を出す氷玉竜の死ガイをチラッと見て、苦笑いした。
「死骸から出る氷のオーラのせいで、フツウの武器は凍りついてしまうんです。それに、体がカチカチすぎて、魔法をかけた武器でもぜんぜん切れないんですよ!」
ローウェンはスタッフの視線を追いかけ、氷玉竜の胸元にある分厚い白いウロコを見た。
少し黒コゲにはなっているが、まだまだ絶対にこわれそうにない。
「みたいだな」
ローウェンはうなずき、迷うことなくスパッと指示を出した。
「首都にいるAランク以上で、土と火の魔法が使える冒険者をぜんいん呼んでこい」
「来たら、土魔法が使えるヤツにはクレーターを平らにするのを手伝わせろ。
火魔法が使えるヤツには、『ずっと出しっぱなしにできる』火の魔法を、氷玉竜の胸のウロコに一点集中であてて炙らせろ。いいか、爆発する魔法は使うな。ずっと高い温度で炙りつづけるんだ」
スタッフはあわててポケットからメモ帳をとりだし、書きとめた。
「はい! ですが、そんなにたくさんのAランク魔法使いをいっぺんに呼んだら、そのお金は……」
「あいつらがカネをよこせって言うなら、とりあえずギルドの特別予算から出しとけ。あとで俺が本部に請求してやる」
ローウェンは1ミリもためらわず、すべてのツケを本部にまわした。そしてこう続けた。
「胸の白いウロコが炙られてポロリと落ちたら、残りは俺がやる。
それと、大公国の軍隊に手伝えるヤツがいないか聞いてみろ」
ローウェンは言葉を切り、少しだけ目を光らせた。
「そうだ。城壁が崩落した場所はそいつに任せろ。軍の連中を総出で呼び集めて、石塊でも運ばせるんだ。大公国の軍隊に『ナシルト』ってヤツがいるはずだからな。そいつを呼んでこい」
となりでウデを組んでいたリネアが、マシンガンのようなローウェンの指示を聞いて、たまらず、長い耳をぴくっと動かした。
「あんたが一気にそんな長くしゃべるなんて、ホントめずらしいわね。やっとマジメにやる気になったの?」
「うるさい」
ローウェンはリネアの方を向いた。
「氷玉竜のウロコをドロドロに溶かせるポーションがあるなら今すぐ実験してくれ。爆発さえさせなきゃシッポは好きにしていいし、はがした素材も全部お前にやる」
その一言は、何かの封印を解きはなったようなものだった。
「イエス・サー!」
リネアの両目は、とたんに狂気のような光を放ち、口元にはとてつもなくヤバい笑顔がうかんだ。
「ウフフ……氷玉竜のウロコ……見たこともない氷属性の竜のお肉と血……フフフ……」
すっかり素材集めモードに入り、ポーチからヤバい色のポーションを次々ととりだすリネアと、となりで冷や汗をダラダラ流すギルドスタッフを放置して。
ローウェンはクルリと向きをかえ、メテオでふきとんだ城壁の方へと歩きだした。
現場の最初の処理をパパッと指示したあと、ローウェンはバカでかい建物のガレキをひらりと乗りこえ、大公国の首都の中へとまっすぐ入っていった。
ギルドのマークをたどり、リヒト大公国の冒険者ギルド支部に到着した。
受付を通して、一番上の階にあるギルドマスターのオフィスのドアを押しあけた。
「事後処理班、ローウェン。ただいま到着しました。これが辞令です」
ローウェンは大きなデスクの上に辞令をコトンと置いた。
デスクの奥に座っていたのは、リヒト大公国ギルドのマスター、レウスだ。
レウスの格好は、外にいるヨロイやローブを着た冒険者たちとはまったくちがっていた。
ピシッとした白いシャツに、シワのないスラックス。首にはギルドのネームプレートまでぶらさげている。
キラキラの銀色の短い髪と、とがった長い耳さえ見なければ、まるでどこかの大商会の敏腕役員だ。
彼はめずらしい純血のエルフだ。
しかも、このリヒト大公国という国が正式にできる前から、ここで冒険者ギルドをつくり、管理してきた男だった。
「やあ、ローウェン。キミに会えて本当によかったよ」
レウスは手に持っていた書類を置き、品のあるやさしいスマイルをうかべた。
「現場の手配はもう終わったかい?」
「すでに処理しました」
ローウェンはイスを引いて座り、単刀直入に本題に切りこんだ。
「で、リヴィのヤローはどこに逃げました?」
その名前を聞いて、レウスは困ったように笑った。
「やっぱりキミは話が早いね。リヴィは今ごろ、大公国の軍隊から逃げるために、エルフの森へ逃げこんだはずだよ。
あんなデカいトラブルを起こしたんだ。一番奥の世界樹の森まで逃げこんでるかもね」
ローウェンは深ーくため息をつき、頭をかかえて苦しそうにつぶやいた。
「ホントにアホか。俺はなんで、あんなヤツをパーティに入れたんだ……」
レウスの笑顔がさらに深くなった。彼はイスの背もたれによりかかり、なつかしそうにイジってきた。
「おや? 昔のキミは、『やっと火力を出せる強い魔法使いが入ってくれた』って、あんなにハシャイでた記憶があるんだけどな?」
「黙れ」
ローウェンはその話題を冷たくぶったぎった。
「ハハハ……オーケー、昔の話は終わりにしよう」
レウスは笑顔をひっこめ、デスクの上で両手を組み、マジメな目つきになった。
「本題に入ろう」
レウスはローウェンを見た。
「氷玉竜は、北のメチャクチャ寒い地域に住む魔物だ。フツウなら、こんな人がたくさんいるあたたかい首都になんて、ぜったいに来ない。
今回はただの迷子かな? それとも……何かトクベツな理由があるのか? キミはどう思う?」
ローウェンは背もたれによりかかり、すべてを見すかすようなレウスの銀色の目を見て、今日何回目かもわからないため息をついた。
「どうしてかなんて、これっぽっちも知りたくない」




