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幕間 その一 宿場町の夜話

直行の特急馬車とはいえ、魔法のクッションがきいていて、馬もタフな血統だ。

それでもスタート村から国境を越え、西のリヒト大公国へ向かうのは、三日二晩もかかる長い旅だった。


住み慣れた森を抜けると、窓の外の景色は、西側によくある平原や丘に変わっていた。


スタート村を出て1日目の夜。

馬車は街道沿いの宿場町にとまった。

1階の食堂には、商人や旅人がちらほら座っている。

ローウェンとリネアは、めだたない隅っこのテーブルで夕食をとっていた。


リネアはフォークで、やわらかく煮込まれたニンジンをつっついた。

「この野菜、ホントにおいしくないわね。エルフの森の近くでとれるやつとは比べものにならないわ」


「旅の途中だ、ガマンしろ。腹がふくらめばいい」

ローウェンは肉を切り分けながら、ポツリと返した。


「あんたは素材の魔力のおいしさがわかってないのよ!」

リネアは口をとがらせたが、ふと何かを思い出したように話題をかえた。

「そういえばローウェン。エルフの森のまわりに、どうしてハーフエルフの村がたくさんあるか知ってる?」


ローウェンは酒をひと口飲み、何も言わない。

だが、そのだまった態度は「続きを話せ」というサインだった。


「血統のせいよ」

リネアは片手でほおづえをついたまま、そこからしずかに言葉を続けた。

「エルフの血が少しでも入っていれば、母親はエルフの森に戻って出産しなきゃいけないの。

赤ちゃんが『世界樹』のパワーを浴びないと、うまく育たないし、魔力に慣れることもできないからね。

だから、人間とかほかの種族と結ばれたエルフは、みんな森のそばに住みつくわ。

それが長い時間をかけて、大きなハーフエルフの村になったってわけ」


「じゃあ、森の中はどうなんだ?」

ローウェンは適当にたずねた。


「一番奥の『世界樹の森』は、純血のエルフだけの場所よ」

リネアの口調が、めずらしく少しだけマジメになった。「純血のエルフは、世界樹から直接うまれた存在なの。

森の中にいるだけで、世界樹のエネルギーを無限に吸いとれるわ。

だから、ごはんを食べる必要も、水を飲む必要も、寝る必要すらないのよ。

純血のエルフが森を出ることはほとんどないわね。外の世界は、あいつらにとって面倒すぎるから」


そこまで聞いて、ローウェンの手がピタリととまった。

彼は目の前のハーフエルフを見た。

今も肉を口いっぱいにほおばり、昼間は馬車の中でイビキをかいて爆睡していた女だ。

ローウェンは冷ややかな声でツッコミをいれた。


「お前がエルフの森を出たのは、メシを食いすぎたからか?

それとも、寝すぎて追い出されたからか?」


「ゲホッ! ち、ちがうわよ! だいたい、あたしは純血じゃないし!」

リネアは肉をノドにつまらせそうになりながら、プンプン怒って言いかえした。

「あたしは真理を求める、えらいパイオニアなんだから! 食べすぎのせいじゃないわ!」


彼女は水をガブ飲みし、こう続けた。

「でもね、あたしたちハーフエルフの村には、古い伝説があるの。

長老たちが言うには、世界がホントのピンチになった時、えらばれた『勇者』がいろんな壁をこえて、世界樹の前にやってくるんですって。

世界樹は勇者にパワーをあたえ、魔王をたおして世界を救う……」


リネアのセリフはとてもドラマチックだったが、ローウェンはだまって最後の一杯を一気に飲みほしただけだった。


「ガキを早く寝かせるための、ただのおとぎ話だな」

ローウェンは無表情でそう結論づけた。

「どこにいるかもわからない勇者より、明日の天気のほうがよっぽど気になる」


……


2日目の夕方。


昼間の雨のせいで馬車が遅れ、次の町を通りすぎてしまった。

2人はボロボロの狩人の小屋のそばで、キャンプをするしかなかった。


小屋のまんなかに、あたたかい焚き火がおこされた。

薪がパチパチと音をたて、2人のゆれる影がカベにうつる。


リネアは木の枝で火をつっつきながら、ニヤニヤしてローウェンをねめつけた。


「ねえ、ローウェン。昨日はあたしばかり話して、ズルいじゃない」

リネアは目を細め、おどかすように言った。

「今日はあんたが昔の話をする番よ。

もし話さないなら、寝ている間にあんたの水筒へ『スライム』の汁を2滴まぜてやるから」


ローウェンはため息をついた。

この女なら絶対にやりかねない。自分の胃袋を守るため、彼はしかたなく折れた。


「話すようなことじゃない。俺はもともと、南の帝国で軍人をやってたんだ」

ローウェンは火に薪をくべた。まるで他人の話をするような、冷めたトーンだった。


「帝国の軍隊?」

リネアは少しおどろいた。

「あんた、兵士だったの?」


「ああ。でも、軍隊はカタブツばっかりで、クソつまらなかった……」

ローウェンは明らかにその頃の思い出がキライなようだった。

「あんな生活にたえられなくてな。軍をぬけだして、カネをかせぐために冒険者になったんだ」


リネアはポカンとした。


火の光が彼女の顔をてらす。その目がクルクルと動いた。

『南の帝国の軍隊』というヒントと、この前トゴルトが酒場で大声でよみあげた『不動の伝説』。

2つの情報が、彼女の頭の中でピカッとつながった。


リネアの口角がピクピクと上がり、たまらずブッと吹きだした。


「あははっ……!」

リネアは笑いころげ、ローウェンを指さす手がブルブルとふるえた。

「ゴブリンと戦った時のアレ! 『ここから先は一歩も通さない』みたいなヤツ……!

あれって、軍人の頃からのクセだったの!?」


ローウェンが火をいじる手が、ピタッととまった。


「今のこんなポーカーフェイスのローウェンが、若い頃は軍人で!

そのあと、あんな熱血な冒険者になっちゃうなんて!

どうして今みたいな、ひねくれたオッサンになっちゃったのよ。ウケる!」

小屋の中に、リネアのようしゃない笑い声がひびきわたる。


ローウェンは黙ったまま、そこから動かなかった。

ただ、火の光のなかで、彼の口元がかすかにヒクついているのがハッキリと見えた。

黒歴史をドンピシャでえぐられ、この元A級冒険者は、とんでもないメンタルダメージをくらっていた。


ローウェンは無言で木の枝を置き、ゆっくりと立ちあがると、リネアのそばへ歩みよった。


「えっ? なによ? 口封じでもする気?

そんなの、あたしには効かな――」


リネアがガードのポーズをとったが、言い終わるより早く、ローウェンのゴツい大きな手が彼女の頭をわしづかみにした。

そして、仕返しの意味を込めて、サラサラなハーフエルフの長い髪を、鳥の巣みたいにグチャグチャにかきまわしたのだ。


「ちょっと! なにするのよ! あたしの髪が!」

リネアは怒って、両手をバタバタと振り回した。


ローウェンは手を引っ込め、鳥の巣頭になったハーフエルフを見下ろし、冷たく言い捨てた。

「だまれ。さっさと寝ろ。明日は大公国に入るぞ」


そう言うと、ローウェンは小屋の隅へと歩いていった。

マントを被って目を閉じ、後ろから聞こえる彼女の文句クレームを、完全にスルーしたのだった。


夜風の音と、焚き火のパチパチという音。

西へと向かう馬車の旅は、こんなドタバタな空気の中、最後の夜を迎えるのだった。

挿絵(By みてみん)

幕間 その1のイラストです

まあ、このお話はとくにシリアスなシーンがあるわけではないんですけどね。

だいたい2日目の夜に、2人が野外で話しあっているところです


本作では馬車での移動描写が多く、それらの多くを『幕間』として扱っています。


単なる箸休めのエピソードかと思いきや、時には今後の展開に関わる重要な情報が隠されていることもありますので、ぜひ読み飛ばさずにお付き合いください!


ここで、ハーフエルフの血統について、すこし設定の補足です。


ハーフエルフが、おなじハーフエルフやエルフと結ばれつづけた場合、生まれる子供はずっとハーフエルフのままになります。


ですが、そこから人間と世代を重ねていくと、だいたい5代目でエルフの血はすっかり消えてしまいます。


そうなると、もうハーフエルフの村で出産の準備をする必要もなくなります。


作中に登場するリネアの場合は、

エルフ + 人間 = ハーフエルフ

ハーフエルフ + 人間 = リネア

という流れなので、人間の血がまじわった3代目(血の濃さとしては4分の1)になります。


ちなみに、エルフの象徴である「長い耳」さえちゃんと残っていれば、自然な寿命はハーフエルフとまったくおなじです。


だいたい1000年前後は生きられる、という設定になっています!

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