第11話 西への旅立ち
ゴブリンの群れによる騒動が収まってから、少し経った頃。
あのトゴルトは、いつの間にか姿を消していた。
「あいつ、やっと『事後処理班』のヤバさに気づいて、ビビって普通の冒険者に戻ったんじゃないの?」
リネアはそう言いながら、装備を手際よく片付けている。
「もともと班の人間じゃねえ。居なくなって当然だ」
ローウェンの反応はそっけない。
うるさい男が一人減ったのだ。彼にとってはむしろ、ありがたいことだった。
スタート村の近郊。
広大な貴族の屋敷では、今まさに、ふざけた破壊ショーが繰り広げられていた。
大量にあった事後処理リスト、その最後のタスク。
暴走した「庭園用・草刈りゴーレム」の機能停止だ。
どこかの馬鹿な冒険者が、貴族の機嫌をとるために、このゴーレムを六本腕に改造したらしい。
しかも、その腕の先をすべて刃に変え、ご丁寧に「風の刃」の魔法まで付与していた。
現在、この高さ二メートルの鉄の塊は、高速で回転する六つの刃を振り回している。
おまけに、たまに魔法の風の刃まで飛ばしてくる始末だ。
きれいに整えられていた高価な庭園は、すでに見る影もなく破壊されていた。
「この回転スピードと破壊力、最高じゃない!」
リネアはテンションMAXで、腰のポーチから怪しく光る緑色の液体を二本取り出した。
「これ、『究極・溶解液』! これを浴びせれば、あの鉄屑なんて一瞬で溶解するわ——」
ガシッ。
革の手袋をした手が、リネアの薬瓶を容赦なく掴んだ。
「しまえ」
「ここは貴族の私有地だ。土壌を汚染したり、広範囲を溶かしたりする化学薬品の使用は禁止だ。この土地を毒の沼にでもしたら、ギルドがいくら賠償金を請求されるか分からねえ。物理的に黙らせるぞ」
リネアは悔しそうに唇を曲げた。
だが、大人しく薬品をポーチに戻し、代わりに二本の短剣を抜く。
「動力のコアは、後頭部にある赤い宝石だ。俺が正面から抑える。タイミングを見てコアを壊せ」
ローウェンは短く指示を出すと、片手剣を抜いた。
そして、暴れ回る六本腕のゴーレムの正面へと歩き出す。
ゴーレムはすぐにローウェンをロックオンした。
鋼鉄の刃がついた六本の腕が、ミンチ製造機のように空気を切り裂く。
そのすべてが、強烈な風と共にローウェンに降り注いだ。
隙間のない物理の嵐。
だが、ローウェンは一歩も下がらない。
彼の手にある片手剣が、銀色の剣閃による障壁に変わる。
剣を振るう動きは最小限だ。しかし、ゴーレムの狂ったような連撃を、ピンポイントで弾き落としていく。
キィン! ガァン! ガガガッ——!
激しい金属音が庭園に響き、火花が散る。
ローウェンは魔法の掛かった六本の刃を、たった一人で完璧に受け止めていた。
ゴーレムの攻撃の重心が、完全に正面のローウェンに固定される。
(……今だ)
ローウェンは鋭く目を細めた。
腕に力を込め、上から交差して振り下ろされたゴーレムの二本の腕を、下から強引にカチ上げる!
その反動で、ゴーレムの巨大な体が大きく後ろにのけぞった。
無防備な後頭部があらわになる。
すかさず、横で待機していたリネアが動いた。
しなやかな身のこなしで、ゴーレムの太い膝を踏み台にしてジャンプする。
彼女は軽々とゴーレムの背中に回り込み、短剣を後頭部に突き立て、テコの原理で思いきりこじ開けた。
カキッ。
軽い音がして、動力コアである赤い宝石がポーンと飛び出し、リネアの手に収まった。
動力を失った六本腕のゴーレムは、ピタッと動きを止めた。
目の赤い光が完全に消え、巨大な鉄の体がズシンと芝生に倒れ込む。
ローウェンは、激しいガードで少し痺れた手首を軽く振り、片手剣を鞘に収めた。
リネアは嬉しそうにコアの宝石をポケットにしまい、ついでに魔法の残っている刃の破片をいくつか拾う。
これで、あの長かった事後処理リストのタスクは、すべて完了した。
ギルド支部に戻って報告を済ませたローウェンは、寄り道もせず自分の部屋へ直行した。
久しぶりの、誰にも邪魔されない睡眠を満喫するために。
……
翌朝。
ローウェンがギルドのロビーに入った瞬間、職員にそのままギルドマスターの執務室へと案内された。
ドアを開けると、バルガスが苛々した様子でデスクの前をウロウロしている。
顔色が酷く悪い。
ローウェンは立ち止まり、その様子を見て静かに言った。
「……俺の貴重な休みは消えたようだな。今度は何だ?」
バルガスは足を止め、複雑な思いを滲ませた目でローウェンを見つめた。
「ローウェン……昨日の夜、本部から異動の命令が来た」
バルガスは深く息を吸い込み、絞り出すように言った。
「お前、西の『リヒト大公国』へ一時的な転属だ。当面の間、向こうの事後処理を手伝ってこい」
「リヒト大公国?」
ローウェンは、微かに不機嫌な色を浮かべた。。
「あそこはでかい国だろ? 軍隊や騎士団は飾りか? わざわざ他の支部から応援を呼ぶような事後処理ってなんだ?」
バルガスは重いため息をつき、痛む胃のあたりを摩った。
「普通のトラブルなら、あいつらで片付くさ。だが今回やらかしたのが……あのリヴィ様なんだよ」
ローウェンの目尻が、ピクッと引きつった。
冒険者の世界に数年でも居れば、その名を知らない者はいない。
賢者リヴィ。
魔法の知識と技術においては、西側で右に出る者はいない天才だ。
だが、行動のすべてに後先という概念がない。常識と破壊力が反比例している、「歩く天災」だった。
「数日前、北の氷の山脈を越えてきた『氷玉竜』が、なぜか急に暴れ出して、リヒト大公国の首都を襲撃したらしい」
バルガスは本部から届いた報告書をローウェンに渡した。
「そこを、たまたま通りかかったリヴィ様が……首都の正門のド真ん前で、いきなり『メテオ』をぶっ放しやがったんだ」
報告書を受け取ったローウェンは、そこに描かれた酷すぎる現場のスケッチを見て、長い沈黙に陥った。
「確かにドラゴンは死んだ」バルガスが補足する。「だが今、大公国の首都の壁の前には、直径50メートル以上の、底が見えねえバカでかいクレーターができてる。商人も入れねえし、住民も出られねえ状態だ」
バルガスは頭を抱える。
「本部からの指名だ。『大規模破壊』の処理経験がある事後処理班に、その穴を埋めろってな。一番近くに居て、一番評価が高いのがお前だったんだよ」
バンッ!
ローウェンが断る暇もなく、またしても執務室のドアが馬鹿げた怪力で勢いよく開かれた。
リネアが目をキラキラさせて飛び込んでくる。
興奮のあまり、エルフの長い耳がピクピクと震えていた。
「西! リヒト大公国! エルフの森のすぐ隣の国じゃない!」
リネアはスッとバルガスの前に近づき、ギルドマスターの肩をガッチリと掴むと、狂ったように前後に揺さぶり始めた。
「バルガスのおじさん! 紹介状! 早く紹介状を書いて! あたしも西の出張に付いていくわ!」
「お、おい……ちょっと待て……揺らすな……吐く……ッ!」
ただでさえ徹夜でフラフラのバルガスは、白目を剥きそうになっている。
食べたばかりの朝食が口までこみ上げていた。
「紹介状! 早く! 学術調査の特別許可よ!」
リネアは手を緩めない。それどころか、揺さぶるスピードがさらに上がった。
「書く! 書くから! 手を離してくれぇ!」
暴力に屈したギルドマスターは、ぐったりとデスクに突っ伏した。
そしてギルド専用の羊皮紙と羽ペンを取り、乱雑な文字で西への推薦状を書き殴り、ギルドマスターの判子を押した。
手紙をゲットしたリネアは歓声を上げ、ローウェンを振り向く。
「やったわ! 西よ! 突然変異のレア素材! ねえ、いつ出発するの?」
ローウェンは、巨大なクレーターが描かれた報告書を丸め、横のゴミ箱に正確に投げ捨てた。
ここまで来たら、本部の命令に逆らっても面倒事が増えるだけだ。
「荷物をまとめろ。1時間後にギルドの前に集合だ」
ローウェンは背を向けた。
「特急馬車に乗るぞ」
……
2時間後。
豪華な内装と広い座席を備えた特急馬車が、西へ向かう道を滑らかに走っていた。
リネアはふかふかのシートに座り、紹介状を大切にポケットにしまう。
そして窓から身を乗り出し、ウキウキしながら外の景色を眺めていた。
「直通の馬車って、こんなに快適だったのね! 全く揺れないわね!」
「当然だ」
ローウェンは向かいの席で腕を組み、目を閉じたまま答えた。
「この特急馬車のチケット代は、ライセンスを停止されたあの四人のベテランから没収した報酬で、全額支払っているからな。ギルドマスターから、あの金の使い道は任せられていた」
あのズルをした連中が苦労して稼いだ金が、自分たちの豪華な西への旅行代に変わった。
そう考えると、リネアはおかしくてたまらなくなり、楽しそうに笑い声を上げた。
「あいつら、一生で一番世の中の役に立つお金の使い方をしたんじゃない?」
馬車の車輪が、石畳の上でリズミカルな音を立てる。
窓の外では、スタート村の景色がすでに地平線の向こうへと消え去っていた。
ため息をつくローウェンと、期待でいっぱいのリネア。
二人はついに、西の大公国へと向かう旅に出た。
あそこで彼らを待っているのは、馬鹿みたいに巨大なクレーターだ。




