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「下剋上」



「よし、じゃあ作戦会議だ」


「作戦会議?」


「ああ、このまま愛城行人に舐められたままじゃいられねえ。下剋上だ」


「どうやって?」


悠の問いに、直哉は不敵な笑みを浮かべた。


「俺に、考えがある」



   ***



「で、今何時だと思ってるの?」


「悠、お前時計持ってるか?」


「あ、はい。夜の……十一時三十二分ですね」


二人のやり取りに、苗代つむぎは深い溜息を吐いた。


「そんな時間に男が二人。うら若き乙女のこの私が、部屋に入れると思う?」


「おい、悠。冷蔵庫にビールがあるぞ、ってお前二十歳になったんだよな」


「え……あ、そういえば僕、誕生日明日なんです」


「自分の誕生日も忘れちまってたのか? あと三十分じゃねえか。乾杯しようぜ! つむぎさん、なにやってんっすか。早く座ってくださいよ」


二人はもう部屋に入っていた。いつの間に。


つむぎは呆れて物も言えなかった。


ふと、悠の顔を見る。あれから事務所にきていなかったはずだが。


「……あんた、顔つき変わった?」


変わった、というよりも、つむぎは悠の顔を始めてみた気がした。エコーの事務所にきて、もう半年以上もいるのに。


「……どうでしょう。自分では分かりません」


どことなく余裕のある顔。無性にその顔を叩きたくなった。


「いや、それは響さんに譲ろう」


「なにがですか?」


「ん。明日のお楽しみだよ」


つむぎはそう言っていじわるそうに笑ってグラスを三つ出した。


それから日付が変わるのを待つ間、たわいもない話を続けた。悠がこの一週間なにをしていたのか。そういった話は、一切しなかった。聞いてほしい時に、人は自分から話す。それがつむぎのスタイルだった。


「それにしても、こんな時間に来るなんて。もし私が一人じゃなかったらどうするつもりよ。ちょう気まずいじゃん」


「いや、つむぎさん友達いないじゃないですか」


「いるわよ、一人か二人くらい。──いや、そうじゃなくて、彼氏が部屋にいるところに男二人が来たらまずいでしょ?」


「つむぎさん彼氏出来たことないじゃないですか」


「え? そうなんですか?」


言い切られた。つむぎは言葉に詰まった。


悠が首を傾げる。その顔が純粋すぎて、余計に腹が立った。


「知ってるか? この人、元アイドルなんだぜ」


「アイドル? つむぎさんが?」


「ちょっと、あんたらのノリについていけないわ。ほら、十二時を過ぎる、グラス持って」


「悠、なにか抱負を言え。二十歳になるんだから」


促されて、悠はしばらく考えた。それから、ゆっくりと口を開いた


「え……ええと。僕は、中学時代からのこの数年間、石ころとして生きて──」


「長いわ!!」


「はい、乾杯」


つむぎがツッコミ、直哉が乾杯の音頭をとった。


「いや、まずは僕のことを知ってもらわないと……」


「いや、そんな独白誰も聞きたくないから。前にも言ったでしょ」


言ってから、しまったと思った。


「え? つむぎさんとそんな話したかな……」


悠の目が細くなる。記憶を探るような仕草。


「ええい、うるさい。飲みなさい、ほら!」


三つのグラスが、小さく鳴った。


悠は案外、飲めた。


グラスを傾ける速度が、普通じゃなかった。一杯目があっという間になくなった時、直哉が目を丸くした。


「お前、飲めるのか」


「分かりません。初めて飲むので」


「初めてでそのペース?」


「美味しいですね、これ」


「ちょっと早々に酔っぱらわないでね」


つむぎは悠のグラスを取り上げた。代わりに冷蔵庫から冷やしたお茶を出して渡す。


今夜はまだ用件が残っている。この男に潰れられては困る。



「──で」


つむぎが直哉を見た。声が切り替わる。


「こんな時間に来た理由、そろそろ聞かせてくれる?」



直哉は、ジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。


「有馬さんと真壁さんが、愛城から受け取ってたやつのコピーです」


「なんで直哉が持ってるの」


「解散する時に、貰っときました。二人とも、中身を見て固まってたんで」


封筒の中から、一枚の招待状が出てくる。


つむぎが手に取る。


読み進めるにつれて、表情が変わった。


「……俳優サバイバルオーディション?」


文字を目で追いながら、頭の中で情報を整理する。


「愛城グループと、権藤のテレビ局が合同スポンサー」


「そう」


「上位一位から十位が、合同制作映画への出演権……」


つむぎは招待状を、悠に渡した。


悠は黙って読んだ。その横顔は真剣だった。さっきまでビールを飲んでいた顔と、同じ人間とは思えないほど。


「審査員が」


悠が顔を上げた。


「映画監督ばかりですね」


「そこなんだよ」


直哉が身を乗り出した。


「スポンサーは愛城と権藤。でも審査するのは、その辺の監督じゃない。全員、国際映画祭の常連です」


「忖度は、できない」


つむぎは自分の口から出た言葉を、確かめるように繰り返した。


「できるわけない。あいつらに媚びた審査を外でしたら、自分たちの仕事が終わる」


つむぎは少し考えてから聞いた。


「それで?」


「上位三つを、俺たちでかっさらいます」


部屋が、静かになった。


「俺と、悠と、つむぎさんで」


直哉は二人を順番に見た。


「愛城は俺たちに対して、”期待外れ”だと言った。このまま黙ってるわけにはいかない」


直哉の口の端が、上がった。


つむぎが腕を組んだ。


「舞台と映像は違う。ショートドラマと映画も違う」


「でも、出ます」


悠が言った。即答だった。つむぎは思わず悠を見た。


「理由は?」


「下剋上ですよ。このまま愛城さんに舐められたままじゃいられません。って、直哉さんに言われたので」


直哉が肩をすくめたが、何も言わなかった。


つむぎは、何も言わなかった。


それから、グラスを持ち上げた。


愛城行人。あの日の稽古場に突然現れた男。響に一瞬だけ視線を走らせて、何も言わずに出て行った男。


響はあの瞬間、何を感じただろう。叔父と初めて顔を合わせた瞬間に、あんな形で。


「……やりましょう。あの人のこと、私も気に食わない。あの場にいた響さんに、何も言わないなんて許せないわ」


響のことだけじゃない。あの場で愛城に何も言えなかった自分のことも、気に食わなかった。


三つのグラスが、また鳴った。


今度は、少し大きく。



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