34.大人達の話し合い
「さて…姉さん、下支。話し合いをしようじゃないか。ここなら…四人で話せるからね」
洋館である鏡邸に唯一、一部屋だけある和室。
そこでは三人が畳の上の座布団に正座していた。
「四人…ね」
紫乃は部屋の奥にある、とある写真へと目を滑らせた。
写真の中で微笑む彼女…。星奈とはもう二度と、喋ることはできない。
それは紫乃にとって、とても悲しいことだった。
星奈は、自分の悩みを相談できる数少ない友人だったから。
だから、言葉を続ける。
「そうかもしれない……いいえ。きっと、そうだわ」
でもそこに、水をさしてくるのが空気の読めない弟というものだ。
「姉さんがそんなことを言うなんて珍しいね。いつもなら非科学的だの非現実的だのいいそうなのに」
「……別に。私にだってたまにはそういうのを信じたくなる時くらいあるわよ」
「えぇ〜?」
「何が言いたいの…?」
言葉に圧を乗せる。
「いいや?私も同じようなことを考えたからね。もしここに星奈がいたのなら…なんて。意味もないし、叶うわけもない願いだ」
そう言って真人は引き攣った笑みを浮かべた。紫乃は、その表情が真人の心情を正しく示していないことを理解していたが、彼の心の奥底までは見えない。
もしそれが見えるとするならばきっと、真人の妻である星奈だけだろう。
『……』
部屋が沈黙で満たされる。
沈黙を破ったのは意外にも下支だった。
「そろそろ、本当に話したいことをお話いたしませんか?」
「下支…」
目を見開き、驚いたように真人が反応する。
「差し出がましい申し出であることは重々承知しています。ですが、真人様も紫乃もここで話を止めることは望んでおられないだろうと思いましたので」
呆れたように紫乃が言う。
「差し出がましいなんてことはないわよ」
それに真人も続いた。
「そうだね。流石下支だ。よく気が回る」
そしてそのまま言葉を続ける。
「それじゃあ本題といこうか」
その表情は、いつもと変わらない穏やかな笑みだと言うのに。その瞬間真人が纏った雰囲気は明らかに普段とは違った。
『……ッ!』
紫乃と下支は思わず息を呑んだ。
それに気づいているであろうに、真人はそのまま質問を繰り出した。
「真央と忍君…二人を見て、姉さんと下支はどう思ったんだい?」
「そうね…想像以上に忍と打ち解けているようだったわ。住み込みというのが、大きかったのかしらね?」
紫乃は当たり障りのない回答をした。
「ですが…所々真央様への不敬な言動が目立ちました。私の教育不足です。真人様、申し訳ございません」
下支は自らの躾を悔いた。
「でも…!それは別に真央ちゃんが許可してるのならいいって話だったじゃない!あなたもそれで納得していたはずでしょう?」
「納得などしていません。真人様と真央様が仰るので一時的に黙っただけです。あのような態度……嘉神家の者としてあり得ない」
その発言からは、深い怒りと自らの忠誠への誇りが窺えた。
下支はそのまま言葉を続ける。
「やはりまだ早かった。真人様、忍は嘉神家で再教育を施します。支えるべき主人にあのような態度を取るようなものを真央様の従属として置いておくことはできません」
「タイムリミット…やはり来たか」
「真人様?」
「下支はそういうだろうと思っていたよ。でもそれは本人たちで話し合って決めるべきことだ。私たち大人の事情に子供たちを巻き込むのは違うだろう?」
「それは……」
「そうよ!他でもない私たちが一番"家の事情"とかいう忌々しいものに振り回されたんだもの…。それなのに子供達にまでそんな目に遭わせるつもり?…それだけは、それだけはやめようってみんなで決めたじゃない!」
「紫乃、だからと言って不敬な態度をとっていいという理由にはならないでしょう」
「大体態度で言えばあなたもでしょう!?忍に従者らしい態度を取れっていうんだったら、あなたもいい加減私に対して敬語を使うのをやめてよ!!」
悲痛な叫び声。ずっと溜め込んでいたものがついに爆発してしまったのであろうことが容易に窺えた。
「二人とも、一旦落ち着いたらどうだい?私たちは喧嘩をしたいわけじゃない。そうだろう?」
「……えぇ、そうね。にしてもあんたはどうしてそう落ち着いていられるんだか…」
「星奈の前でみっともないところを見せるわけにはいかないからね」
真人はニコリと微笑んで見せる。
「みっともないところばかりを見せていたくせによく言うわね」
「それは刺さるからやめてくれないかい?姉さん…」
「で?あんたの場の雰囲気をなんとか持ち直そうって言う誘いに乗ってあげたわけだけど、結局あんたは何が言いたいわけ?」
「流石姉さん。鋭いね」
「まぁ、あんたの姉だからね」
「私側の主張は変わらないよ。真央と忍君の関係は二人が決めて、築いていくものだ。だから私たちの意見じゃなくて、二人の意思を尊重するべきだと思うよ」
「じゃあ私の意見も言わせてもらうわ。私は現状維持派ね。主従関係にもいろいろな形があっていいはずだもの。ただの上下関係じゃない。主従の数だけ関係性の数もあっていいと思ってる。その点二人にはこのまま頑張ってほしいわね」
「姉さんは昔から新しい関係性にこだわるなぁ。私は二人がいいと思えるならなんでもいいと思うけれど。そこは私と姉さんの意見の大きな違いだ」
「えぇ、そうね。確かにお互いが満足していると言うのは大切だわ。でもそう簡単にお互いが満たされることはないのよ」
「…それもそうだね。下支は?」
「私の意見は変わりません。主従関係は主従関係です。そこにある上下は絶対に無くなることはありません」
「…だから、それを踏まえた言動をしろと言いたいわけだ。なかなか強情だねぇ」
「お互い様でしょ」
「はは、それもそうだ。お互いに譲れないものがあるのも昔から変わらないね」
そのまま言葉を続ける。
「……そして、きっとこれからも。そうなんだろうな」
「何か言った?」
「いいや?忍君に私の交渉術でも教えてみたら面白いかな〜って言ったんだ」
「交渉術ぅ?あんた一体忍をどう育てるつもりなのよ…?」
「ははは。そうだね…"最強の従者"とでも言ったところかな?」
「はぁ…?」
そんなこんなで夜はふけてゆくのだった…。
今回はけっこうシリアスな話でしたね。話全体の雰囲気が重たい…。
三人とも別々の考えを持っているので、どうしても譲れないところがぶつかってしまうことはやはりあるのかな〜と思います。
この三人からの教育をこなしたシノ君は相当器用だと思いますね…本当に凄いと思います。シノ君の今の立場は昔の頑張りあってのことなんですね〜。
歴史を感じるなぁ…。




