32.違和感とタイムリミット
「う〜ん…どうしようかな。もうあと三日しかないのに」
私は目立つ赤い印を付けたカレンダーと睨めっこする。
カレンダーの印がついている日…しのの誕生日はもうすぐそこまで迫っていた。
誕生日を知った時は一週間もあれば余裕だと思ってたけど…そもそもしのと家の中で話すどころか会うことさえほぼないのだ。
そんな状況で誕生日を祝う準備などできるわけもなく。
追い打ちをかけるように今朝お父さんに、ケーキの予約を前もってしておきたいから今日中になんのケーキにするか決めてねと言われてしまった。
サプライズパーティーにしようと思っていたから、諸々を本人に直接聞くことを躊躇っていたのも準備が一向に進んでいない理由だろう。
「でも流石に今日決めないと…やばいよね。間に合わないのが一番ダメだし…」
(本人が帰ってきたら絶対聞こう…なんとか今日中に)
朝お父さんと話した時に聞いたけど、しのは今実家の方に帰っているらしい。
私の家としのの家は割とご近所さんなので、ゆっくり歩いても30分もあれば家につける。
しのは最近よく実家には帰っているものの、泊まることはないのでお昼前後には帰ってくるはずだ。
(そういえば…)
最近のしのは実家から帰ってきた後、いろいろないい匂いがする。
それだけでなく、この前は廊下で自分の両手をじっと見ながらぼーっとしているのを見かけた。
その時は、私が声をかけた時に初めて私の存在に気付いたようで驚いていた。
それだけでも珍しいけれど、私の視線が自分の手に向いていることに気づくと、サッと手のひらをさりげなく私に見えないように背中の後ろに隠したのだ。
でも、逆にその動きのせいで一瞬だったけれど見えてしまった。しのの手が荒れていて、薬指と親指にはタコができていたのが。
(しのは…一体実家で何をしているんだろう?)
少しの間考えてみたが、結局それらしいものは浮かばなかった。
匂いに統一性があったりしたら、まだ絞り込めたかもしれないけれど。
柑橘系や花のような匂いがしたかと思えば、なんだかツンとした匂いもしたりする。それどころか帰りが遅かった日はそれらがぐちゃぐちゃに混ざり合ったような匂いもした。
(ん〜…多分実家で何かをしてるからだろうけど…。あんなにいろいろな匂いがつくことってなんだろう…?)
さっぱりわからない。
しのについてはまだまだ知らないことだらけだ。
などと考えていると、玄関の鍵を開ける音がした。
「ただいまー…」
「……ッ!!」
この声…しのが帰ってきたんだ!
私はぱたぱたとスリッパの音を立てながら、玄関へと向かった。
「しの!おかえり〜」
「……ただいま」
しのはまさか私がいるとは思わなかったのか一瞬固まっていたが、私の方をじっとみた後、返事をした。
『……』
どちらも何も言わないので、その場に沈黙が落ちる。
(ケーキの好み…どうやって聞いたらいいんだろう?しのにはすぐ気づかれる可能性が高いけど、なるべくサプライズになるようにしたいしなぁ)
「ねぇ真央、どいてくれない?靴が脱げないんだけど」
「え!?あぁ!ごめんね」
しのに指摘されて、ようやく私が玄関を通せんぼするように立っていたことに気がついた。
「別にわざわざ謝ってもらうほどのことじゃないし、気にしなくていいよ」
しのは淡々と言う。
靴を脱ぎ揃えて、洗面台へ向かい手を洗ってうがいをし、そして自分の部屋へと…
「ねぇ、なんでずっとついてくるの?」
しのに低い声で、ジト目を向けられながら言われた。
「え?何で!?それはー…聞きたいことが、あったから…?」
急に聞かれて思わず思ったことをそのまま口に出して答えてしまう。
(って、危ない…でもこんな調子じゃサプライズのことがバレる…!!)
私は慌てて口を噤んだが、しのは逆に私に問いかけてきた。
「聞きたいことって?」
(…思ってた流れとは少し違うけど、これはチャンスかも?)
今なら自然にケーキについて聞けそうだ。
私は、気を取り直して慎重に言葉を選んでしのに問いかける。
「しの…いちご、チーズ、チョコレートの中でどれが一番好き?」
ショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキ。どれも有名で王道だ。
「全然関連性のない三択なんだけど…?」
「いいから!あ、マロンやアイスもアリかも…?」
モンブランやアイスケーキも美味しいよね!
「ますますよく分からないんだけど…」
シノは私の質問の意図を図りかねているようで、しばらく悩んでいる。この様子ならケーキのサプライズはバレなさそうだ。
と、思ったのは甘かったらしい。
しのの答えは予想外だった。
「別にどれも変わらないかな。僕そんなに好き嫌いないんだよね」
「……へ?」
好き嫌いが…ない?嘘でしょ!?
確かに普段食卓に何が出てもしのは特に表情を変えずに食べていた…かもしれない。
食事を残すとかはなかったから嫌いなものがないのはまだわかるけれど…好きなものもないの?
(それはとっても困る。せっかくのケーキだし、しのにはなんとか答えを出してもらわないと…)
しかし、しのは無情にも言葉を続けた。
「食べ物の好き嫌いの話?別に同じ家に住んでて、同じものを食べるんだからわざわざ聞くことでもないと思うけど。あぁ、でもどうしても何か例を上げて欲しいんだったら真央の好きなものでいいよ」
「わ、私の好きなものでいいって…それじゃダメだよ!」
「何でダメなの?」
「それはケー…」
「けー?」
「けー…る!そう、ケールとかのクセの強い食材もあるから!好みを把握しておくことも大事だと思うの!!」
(危なー!!ホントに口が滑るところだった!!)
「…真央はケールが好きなの…?たしかにケールはビタミンやミネラルが非常に豊富だから"野菜の王様"とも呼ばれるけど、それだけじゃない。ケールは青汁にも使われるよね?」
「え?そうなの?……あ」
「……。別に好きなわけではないみたいだね」
「そ、そうだねー。私苦いのはあんまり好きじゃないからなぁ…。あはは…」
もはや自分でも何をいってるのかよく分からない。これそもそも何の話だったっけ?
「はぁ…苺」
しのが静かに言った。
「え?」
「その中だったら苺がいいかな。これでいい?」
「いちご!美味しいよね!!よかった…答えてくれて」
っと危ない。また心の声がそのまま漏れてしまった。
しのが訝しげな視線を向けてくる。
「はぁ。で?聞きたいことはそれで終わり?」
けれど先ほどの私の、我ながら不審な様子について追求はしてこないようだ。助かった。
「あ、あともう一つ聞きたいことがあるの」
「何?」
「しの、何か欲しいものはない?何でもいいよ!」
「……」
しのが黙り込む。
もしや、いらないとか何でもいいとか言われてしまうのだろうか…それが一番困るのだけれど。
しかし、その不安はいい意味で裏切られた。
「じゃあ、それが欲しいかな」
しのが私の方…髪の毛?を見ていった。
「それ?」
「髪留め。ゴムでもリボンでも何でもいいけど。色は真央が好きな…いや。桃色がいいかな」
「髪留め…?しの、髪の毛別に長くないのに?」
「うん。別にいいんだ。僕の髪の長さは関係ないからね」
「……?」
ますます意味がわからない。しのの髪の毛はショートなので髪留めなどを貰っても使い道がないと思うけど…それに自分の髪の長さは関係ない?
「あぁあと、出来ればなんだけど真央に直接選んで欲しいな」
「…え?」
元からプレゼントとして私が選ぶつもりだったし、それは私にとって好都合だけど…何か話がすれ違っているような気がする。
でも下手に聞けばサプライズのことまでしゃべってしまいそうだ。ここはとりあえず話を進めた方がいいかな。
「しの、どんなデザインやモチーフがいいとかある?」
「ん?あぁー…真央がつけたいと思うものがいいかな」
「なんで私…?それに私の好みに合わせたら、とびきり可愛いのになるかもだけどいいの?」
「いや?むしろそっちの方がいいかな」
「えぇ…?」
しのってばホントに何考えてるの…?
(ん〜…でも、しのが何かを要求してくることなんてほとんどないし…なるべく叶えてあげたいよね)
「分かった。私がしのの要望にピッタリ叶うようなとびっきりの髪飾り選んできてあげる!だから楽しみにしててね!私からのプ…」
「…ぷ?」
「ぷ!ぷぷいのぷいなんだから!!これくらい簡単にこなしてみせるよ!」
(もう言ってることめちゃくちゃだけど、勢いでなんとかなれー!!)
「それをいうならちょちょいのちょいとかだと思うんだけど…まぁ、いいか。真央のほうこそ楽しみにしててよね」
「え?うん!もちろん!!じゃあね、しの」
そういい、しのに別れを告げると、私はお父さんの書斎の方へと向かう。
道中、抑えきれなかった笑みが思わず溢れた。
(何とかしのからケーキとプレゼントのことを聞き出せた〜!途中危ないところもあったけど、多分サプライズパーティーのことはバレてないはずだし!!ふふん、私もやればできるんだから!)
などと考えていると、声を掛けられた。
「おや真央、嬉しそうな顔だね。その様子だとどうやらうまく行ったようだ」
「お父さん!丁度今からお父さんに言いに行こうと思ってたところだったの!!しのからちゃんと聞いてきたよ!」
「はは、そうか。それは良かったな、真央。さすが私の娘だ」
「ふふん。そうでしょ〜!」
「あと三日だ。残りの準備も頑張るんだよ、真央。何か私に手伝って欲しいことがあるなら言ってくれ」
「いや、準備はなるべく私が頑張りたいの!だってしのの主は私でしょ?」
「そうだね。私は真央達の意思を尊重するつもりだ。でも、大人の手が必要なことだってあるかもしれないだろう?」
「あ、それなら一つ頼みたいことがあるかも」
「何かな?」
「しのの誕生日パーティーなんだけど、叔母さんと叔父さん…しののお母さんとお父さんを招待したいんだけど、いい?」
「……あぁ、それなら私が適任だろうね。分かった。二人には私から連絡しておこう」
「ありがとうお父さん!」
「よし、残りの準備も頑張るぞ〜!」
「……もうタイムリミットがやってきたのか。案外、早かったね」
「?お父さん何か言った〜?」
「いいや。何でもないさ」
そして三日間パーティーの準備に追われ、あっという間にしのの誕生日当日がやってくるのだった。
今回はいろいろ謎が出てきましたね。
シノは実家で何をしているのか?何故あんなプレゼントの要求をしたのか?一体何を考えているのか?
是非是非推理してみて下さい!




