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26.あなたが隣を歩いてくれる理由

生徒会研修編後日談。

数間先輩視点のお話です。

揣摩が生徒会役員補佐として、生徒会に貢献すると宣言した日の帰り道の事。

俺は蛍と二人で帰路についていた。

隣を歩く蛍のアホ毛がゆらゆらと揺れている。

(…機嫌よさそうだな)

本人は無意識だろうが、このアホ毛の動きは蛍の機嫌がいいときのものだ。

それに顔も満面の笑みである。

暫くお互い無言で歩いていたが、不意にうれしさを我慢できなくなったのか、蛍が口を開いた。

「今日は本当によかったのです!!」

「いや、何がだよ」

「むぅ。爽もわかってるでしょうに。もちろん、歩友ちゃんの事に決まっているのです!」

「だろうな。そんな気はしてた」

「やっぱり人間、きちんと言葉を交わすことができれば、どんな問題も解決できるのです!」

(…それは、どうだろうな)

そんな冷たい言葉が口をついて出そうになった。

しかし、俺は言いかけた言葉をすんでのところでのみこむと、話を合わせる。

「俺を生徒会に誘った時みたいにか」

「それもあるのです。あの時も本当に大変だったですけど、その結果…」

そこで蛍は一拍おいた。

「その結果、なんなんだよ」

「今、こうして爽が隣を歩いてくれているのです」

「…ッ」

そう告げた蛍の飛び切り嬉しそうな笑顔に不意に心臓がはねた。

しかし、俺はそんな心の奥底の動揺などはおくびにも出さず、冷静を装って話を続けた。

「あぁ、そうかよ。よかったな」

「本当によかったのです!その結果私の仕事も大きく減って助けられているのです!!」

(結局そこかよ!!!)

思わずずっこけそうになった。いや、分かってはいた。蛍はこういうやつだ。

俺が勝手に蛍の何気ない発言に一喜一憂しているだけ。

でもそれもそこまで悪くないと思えてしまうのは…それだけ蛍の影響を色濃く受けたということなのだろうか。

(まぁ数年前の一番荒れてた頃の俺に言ったらまず信じないだろうな)

生徒会に入って、会計として書類をさばいているなんて。

俺は、一年前…生徒会に入ったころに思いをはせた。

~一年前~

机の上で頬杖をつき、窓の外の散ってしまった桜の木を眺める。

明日からは夏休みだっていうのに気分は沈んでいく一方だ。

窓の外からの熱い風と、ガンガンにきいているクーラーの冷たい風が交互に背をなぜる。

机の上の通知表を強引にカバンの中にぶち込む。ぐしゃっと紙がつぶれる音がしたが、それはさらに俺の気持ちを不快にさせるだけだった。

数学以外の主要五教科のテストはすべて赤点。さんざんな結果だった。わかってはいたが、通知表にもしっかりとそれが反映されている。

『数学だけできても意味がないだろう!!』

また父から怒号を浴びせられ、母は、どうしてこんな子になってしまったの…私の教育が悪かったのかしら。と泣く。

そんな光景を数時間後には見るのだと思うと、余計に気持ちが沈んだ。

昔はあんなんじゃなかったのに。

昔から数字は好きだった。俺の両親が両方数学の教師だったからかもしれないが、昔から計算は得意だった。

まず最初に数字を覚えて、足し算、引き算、掛け算、割り算…カッコや分数。どんどんできることが多くなり、俺が難しい計算をできるようになればなるほど、両親は俺をすごいすごいとほめてくれた。

しかし、そんな両親はもういない。焦りからくる危機感は、俺の両親を変えてしまった。

最初は些細なことからだった。

たまたまつけていた、テレビのニュース番組。

俺は算数や数学にしか興味はなかった。なので、ニュースなんていつも話半分でしか聞いていない。

俺は、自分の興味のあることには全力を注げるが、自分の興味のないことにはとことん何もしないし覚えられないタイプだった。

不意に母が問いかけてきた。

「爽、今テレビに映っている地名…読めるかしら?」

そう問いかけられ、俺はテレビのほうに顔を向ける。

左上のテロップに、枚方と書かれているのが見えた。

(方はかたでいいとして、枚は…まいか)

俺はなんで急にそんな質問を両親がしてきたのかと少し戸惑ったが、すぐにそんな疑問を頭から振り払って答えた。

「まいかただろ?」

「正しい読み方はひらかただよ、爽」

「……」

間違えたことに一瞬恥ずかしさを覚えたものの、別に読み方が違うといわれたところでああそうなのかとしか思わなかった俺は、明日には忘れてそうだなと思いながらご飯を食べるのを再開した。

しかし両親は不安そうに顔を見合わせると、切り替わったニュースの画面を見て再度質問を投げかけてくる。

「爽、それなら環境を英語でなんて言うのかわかるか?」

テレビでは環境問題についての危機感を促すようなニュースが流れていた。

俺は少し考えた後、答える。

「環境は英語でエンバイロメント」

「綴りは?」

「e,n,v,i,r,o,m,e,n,t]

「nが抜けているな。正しくはenvironmentだ」

「……」

その日から。両親は事あるごとに数学以外の問題をみつけてきては、俺に質問した。

もちろん正解を出せるときもあったが、両親は俺が正解してもすぐ別の問題をだし、俺が間違えるとそんなことも知らないのかと責められた。

俺が問題に悩んでいる間も、そんなのすぐにわかるだろうと圧をかけてきたりため息をついたり。

いつからか俺は家が息苦しくてたまらなかった。

しかし別に親が嫌いになったわけじゃない、両親の言う通りそんな簡単なことさえ満足に答えられない俺が悪いのだろう。

それに、数学の問題集を解いているとそんな息苦しさも忘れられた。だから俺は、ますます数学に打ち込むようになった。

しかし両親も必死だった。

なんせ俺は数学以外が壊滅的だった。このままだと俺が高校に進学できない可能性はかなり高い…というか奇跡でも起こらない限りは絶望的だ。

しかしそれでも数学ばかりをやっていた俺についに選択せざるを得なかったのだ。

俺から数学を取り上げるという選択肢を。

「数学だけができてもどうにもならないだろう!!」

そう言って俺の数学の問題集やテキストはすべて親に取り上げられ、スケジュールも細かに監視された。

親の目を盗んで数学の作問でもしようものなら、さらに監視の目はきつくなった。

そして地獄のような興味のない勉強を乗り越えてやっと高校に進学でき、また数学ができるのだと思った矢先にこれだ。

(また、取り上げられるのか)

でも…仕方ない。仕方がない。そう言って自分を納得させようとしたが、やっぱり無理だ。

どれだけ自分を納得させようとしても、胸の奥底でくすぶるもやもやした気持ちを抑えることはできなかった。

「クソッ!!!」

俺は振り上げたこぶしを机の上にたたきつけた。

周りの人たちが奇異の視線を向けてくるが、正直そんなのはどうでもよかった。

しかし、そんな機嫌の悪い俺にも臆さず話かけてくる奴がいた。

「おーい爽、どうしたんだ?お腹でも痛いのか!」

勝手に俺の席の後ろに腰掛け、悩みなどとは縁のなさそうな笑顔が今は腹立たしい。

ていうかそこお前の席じゃねぇだろ…。

「綾目…話しかけるのは後にしてくれ。俺は今すこぶる機嫌が悪いんだ。お前に当たるかもしれねぇぞ」

「ん?別に爽なら大丈夫だろ」

「その発言は俺をなめてると受け取っていいんだな?」

「なめる?違うぞ?それに本当に気がたってるやつはすでに殴り掛かってるさ。顔が最高にむかつくとか言われて何度も殴りかかられた俺が言うんだぞ?間違いない」

「…ッ。はぁ。ったく、お前と話してると毎度馬鹿馬鹿しくなるな、本当」

「なんだと!?俺は馬鹿じゃない!!」

「何言ってんだお前…じゃあ通知表見せてみろよ」

「もちろんだ」

通知表にはテストの点数と、評点が記載されており、1~5までの数字の五段階評価で成績が表される。

綾目のテストの点数は…ところどころまぁまぁ悪くないのもあったが、俺とどっこいどっこいだ。

特に数学はひどい。

(あのテストで一桁はないだろ綾目…)

確かに難しい証明問題などもあったが、語句や問題集そのままの問題もあった。というか真面目に授業を聞いていたのならまず一桁はあり得ない内容だったと記憶している。

「お前、これでよく自信満々にもちろんだ、とか言えたな…」

「爽だって俺とほとんど変わらないだろ…数学以外は」

綾目は勝手に俺のカバンからくしゃくしゃになった通知表を取り出すと、素早く結果を見ていた。

こいつこういうときだけは、謎の凄さを発揮するのなんなんだよ…。

「いやまぁ、そういわれたら何も言えないけどよ。凛堂になんて言うつもりなんだお前…」

綾目は同じ生徒会の凛堂に勉強を付きっ切りで教えてもらっている。この結果を見せたら彼女が激怒するであろうことは言わずもがなだ。

「まーなるようになるさ。ていうかぶっちゃけ俺提出物も忘れがちだし、むしろそれ加味したらましなほうだろ」

「お前なぁ…」

あきれるような声は出したものの、俺とて正直人のことをとやかく言えるような成績ではない。

しかし、綾目のこの強靭なメンタルは見習いたいところだ。

などと考えていると、不意に涼やかで凛とした声が頭上から聞こえた。

「繋、通知表を見せてくれる?」

「お、菫か!いいぞ~ほいこれ」

ほぼ間違いなく怒られるだろうに、綾目はあっけなくあまり良くない結果である通知表を渡す。

しかし、凛堂の反応は俺の予想に反してそっけないものだった。

「まぁ…こんなものでしょうね」

やはりテストの結果や提出物から、ある程度の通知表の結果は察していたようだ。

「にしても、この数学の壊滅っぷりは相当ね…まぁテストが一桁な時点で分かってはいたことだけれど」

「いやーいいほうだろ。俺課題のプリント全部遅刻してるからな」

「本当にもう…!あれだけ言っておきながら、なんで毎回プリント忘れていくのよ!!」

やるせなさが言葉の節々からにじみ出ている。大変そうだ。

「凛堂も大変そうだな」

「じゃああなたが手伝いなさいよ」

凛堂が腕を組み、俺のことをにらみつけてくる。

どうやら怒らせてしまったようだ。

「いや、そうはいってもだな」

手伝うって…数学の勉強をか?いや、無理だろ…。

人に教えるなんてやったこともないし、うまく出来るわけがない。

少なくとも、ずっと綾目に勉強を教えている凛堂のほうが俺よりはうまく教えられるだろう。

(……両親が許してくれるとも思えないしな)

人に勉強を教えている余裕があるなら、まず自分のことを何とかしろとでも言われそうだ。

「あなたは生徒会に入ってさえいない部外者…身の程をわきまえて頂戴」

ぴしゃりと告げられた。気のせいかもしれないが、俺への八つ当たりが入ってないか…?

「あ~、その。なんか…悪かったな」

凛堂は、自分にも他人にも厳しいタイプだ。それは、綾目につきっきりで勉強を教えておきながら、テストでは毎回全教科学年の上位に入っているその結果によって証明されている。

本人に悪意や悪気がないのはわかるが、かなりのリアリストな結果主義者で、人によっては冷たいとも取れる合理的な考えや行動をとる。

正直俺はかなり苦手なタイプだ。それに綾目が近くにいると、高確率で俺に流れ弾が飛んでくる。

凛堂の意見は正論だし、ただ俺の苦手意識の問題と言われればそこまでだが。

「別に謝ってもらわなくて結構よ。言葉でどうこう言う前に行動で示してほしいってだけ。安全圏で意見を言うだけならだれでもできるわ」

「ん~でも、俺も爽が数学教えてくれるんだったら成績上がりそうだし、うれしいけどな!」

「やめてくれよ…俺は人に教えるなんて柄じゃねぇし、親がな…」

と、先ほど考えたことを口にしていると、不意に目の前の凛堂の不服そうな顔が目に映った。

「……」

眉根を寄せ少し頬を膨らませた、いかにも不機嫌そうな顔だ。

(…これ、やばくね?)

隣の綾目の様子を見るが、特に気づいた様子はない。こいつ…こういう時はしっかり鈍いよなぁ!!

「お、おい凛堂…?」

「ふぅ~ん。よくわかったわ。私の教えでは成績は上がらない、と…嬉しくもない、ねぇ…?」

嫌な予感はしっかりと的中しているようだ。

「綾目!!今すぐ凛堂に謝れって!」

「え?どうしてだ?」

こ、こいつ…!!

この期に及んで、綾目はまだ事態の深刻さを把握していないらしい。

しかし、ここで馬鹿正直にお前が俺に教えてもらったほうが成績上がりそうだし嬉しいって言ったから凛堂が拗ねてるんだよ!と教えたところで、さらに凛堂を怒らせるだけだろう。

それに間違っていた場合、恥ずかしすぎる。

「ふん。もういいわよ!!そんなに言うなら繋は数間君に教えてもらったらいいじゃない!」

そう言い残して、凛堂は走って教室を後にしてしまった。

「ちょッ…凛堂!?」

思わず座っていた椅子から立ち上がり、引き留めようとしたが…すでに教室のドアから出ていくところだった。足早すぎだろ!!

行き場を失った手を下ろす。

「菫が校内を走るなんて珍しいな」

「絶っっ対そこじゃねぇ…!!」

「…?そうか?菫も爽に教えてもらったらいいんじゃないかって言ってたじゃないか」

「お前マジで凛堂に一発殴られても文句言えねぇぞ…」

「菫はそんなことしないさ」

綾目いわく、凛堂は身内には優しいらしい…が。

「限度ってものがあるだろ…後で凛堂に謝っとけよ」

「良く分からんが、分かった」

「はぁ…ったく」

などと言っていると、不意にどこからか声が聞こえた。

「一体どうしたのですか?2人そろって」

声がしたほうに視線を向けるが、誰もいない。

「もっと下ですよ~」

いわれた通り首を下に向けると、ちっこい女子がいた。

(…こいつ本当に高校生か?女子ということを考慮しても、ありえないくらい身長が低いんだが…)

前髪ではなく、頭のてっぺんというなんだか変なところにヘアピンを止めている。

しかし、この学校の制服を着ていることと、綾目がまるで友達のように普通に話し始めたことから察するに、この学校の生徒ではあるようだ。

「お~蛍!久しぶりだな!!」

「ここ数日は熱を出していたので、お休みしていたのです。でも何とか今日は来れてよかったのです」

「蛍…?」

名前を聞いたことがあるかどうか…といった感じだ。俺の交友関係は狭いからなぁ。

「あ、はじめましてなのです!私は葉桜 蛍なのです!気軽に下の名前で呼んでほしいのです!」

ちっこい女子生徒は俺に律儀に挨拶してきた。

俺も姿勢を少し直すと、目の前のちっこい女子生徒と目を正面から合わせるように屈み、挨拶を返す。

「そうか。俺は数間 爽だ。別に名字でいいぞ、葉桜」

「蛍と呼んでほしいのです!!」

そういうと、葉桜はずいっと身を前に乗り出してくる。そこまでするほどか…?

「ん~俺は基本仲いい奴も苗字呼びだし、そっちのほうがしっくりくるんだよな」

葉桜には少し悪いが、初対面の女子をいきなり名前呼びはハードルが高い。

「そうなのですか!」

どうやら葉桜は納得してくれたようだ。とりあえず一安心…

「それでは、私が名前呼び第一号ということなのですね!」

出来なかった。なんつーポジティブな思考回路してるんだこいつ…。俺の話聞いてたか?

「さっき言っただろ?名前呼びはしねぇよ」

「そうですか…」

目の前の葉桜はなんだかしゅんとしてしまった。

少しかわいそうな気もするが、譲るつもりはない。

「なら私は名前で呼ぶのです。…爽が私のことを蛍と名前で呼んでくれるまで、根気強く呼び続けてやるのです!」

仕方ない。この辺が妥協点、か。

「…好きにしたらいいんじゃねぇの?」

「そうさせてもらうのです。爽も、呼びたくなったらいつでも蛍と呼んでくれていいですよ」

「…そうかよ」

ま、そんな時は来ないだろうがな。

「ところで、いったい何があったのです?先程廊下を全速力で駆けていく菫ちゃんを見たのです」

「珍しいよな〜!菫が廊下を走るなんて」

「綾目…」

お前なぁ…。

「あぁ、もう大丈夫なのです。大体察したのです」

「察した?それは凄いな!蛍!俺は何が何だかよくわかってないんだが、爽は俺に菫に謝った方がいいって言ってくるんだよ」

「私もそう思うのです」

「う、裏切りだ…蛍〜信じてくれよ…俺はただ、数学を爽に教えてもらったら成績上がりそうだし、嬉しいなって言っただけだぞ!?」

「それが答えなのです」

「そんなぁ…蛍、何でだよ?」

「何でって言われましても…えぇと、菫ちゃんはテスト前で自分だって勉強したいでしょうに、その時間を繋に勉強を教える為に使っているのです。他の人の方がいいと言う発言は、菫ちゃんの頑張りを否定する言葉だと思うのです。それに…繋に言われたら尚更傷つくと思うのです。菫ちゃんは繋に甘々ですから」

「そうか…俺の言葉は俺の為にしてくれた菫の努力を否定する言葉だったんだな…。俺は、菫になんて酷い事を言ってしまったんだ…」

「それなら、謝ってくると良いですよ。ちゃんと心を込めて謝れば、菫ちゃんも許してくれると思うのです」

「そうする!!」

言うが早いか、綾目はドタバタと盛大に音を立て、慌ただしく教室を走って出て行った。

それは良いのだが…

「あいつ凛堂の場所わかってんのか…?」

走り回ったが、結局見つけられず拗れましたなんて言う展開だけはごめんだ。

「きっと大丈夫なのですよ」

「どうしてそう言い切れるんだ?葉桜」

「むぅ…蛍なのです!」

「どうしてだ?」

蛍の抗議の声を無視して再度問いかける。

「あの二人なら、大丈夫なのですよ。私は二人を信じているのです」

「はぁ…?」

不確かで何の根拠もない。しかし、葉桜の表情は真剣だった。

俺は茶化す気にもならず、しばらく沈黙が落ちる。

不意に、葉桜が何かを思いついたとでも言わんばかりに目をきらめかせると、こちらを見てきた。

何だかすごく嫌な予感がする。

「爽、お願いがあるのです!」

「却下」

「まだ何も言っていないのです!?」

「んなもん却下だ却下。どうせ碌なもんじゃねぇ」

あの目と似たものを何度か見たことがある。

綾目だ。そして大体綾目がああ言う目をした時、俺は碌でもない目にあうのだ。

しかし俺の発言を無視し、葉桜は続けた。

「爽、生徒会に入ってほしいのです!」

「無理」

「即答なのです!?」

「ツッコミたいところは色々あるけどよ…まぁ、無理だな」

「な、何でなのです!?説明してほしいのです!爽は言葉が足りないのです!」

(面倒くさ…いや。丁度手っ取り早い手段があったな)

「葉桜、これを見ろ」

俺は、綾目が机の上に置いていった俺の散々な結果の通知表を見せる。

正直人に見せたいものではないが、これが一番早いし簡単だ。

「こ、これは…」

(この俺の酷い成績を見たら、流石に葉桜も諦めるだろ。いやまぁ、綾目も成績は良くないが…勉強しなきゃいけないんだって言ったら強く言うこともできないだろうし)

しかし、葉桜の反応は斜め上だった。

「す、凄い成績なのです…!数学が数I A共に満点なのです…!?即戦力なのです!」

「え?」

なんか思ってた反応と違う気がするんだが…。

「この成績を見て、爽には絶対生徒会に入ってほしいと思わされたのです!」

「何で!?」

(葉桜…目、ついてるのか…?)

思わずそんな失礼なことを考えるくらいには動揺した。

酷い成績を見せればいけると思っていたのだが…まさか、逆効果になるとは。

スカウトって普通優秀な人にするもんだよな…?ましてや生徒会だぞ?

綾目は勉学の面では優秀ではないが、綾目はあくまで例外だ。

綾目の人の心を掴む力とでも言うのだろうか、求心力は群を抜いている。

しかし、俺にはそんなものは何一つない。

本当に何でだ…?

「いや、だってその通知表…どれも酷い結果で」

「え?だって数学がこんなにできてるじゃないですか!丁度会計候補を探していたのです!今は私に人事権があるので、直接スカウトできるのです!」

その時、両親に言われた言葉がフラッシュバックした。

「数学だけできても…意味が、ねぇだろ」

「そんなことはないのです!爽は数学がとてもよくできると噂で聞いたことがあったのですが…噂以上なのです!爽の数学の力はとても飛び抜けているのです!」

(そう言う意味じゃ、無いんだけどな)

「そうかよ。声をかけるなら他のやつを当たってくれ。俺はこの散々な結果をどうにかする為に勉強しなくちゃならないんだよ」

思わず声が刺々しくなってしまったが、どうせもう関わることもないだろうし、気にしなくて良いだろう。

しかし、俺は蛍のことを甘く見ていた。

「それなら名案があるのです!私が爽に勉強を教えるのですよ」

「しつこい。帰れ」

「つれないのです。私はこれでも良い成績なのですよ!蛍先生に教われば得点アップ間違いなしなのです!」

(うるさいな…)

あぁ。もうどうでも良い。全部ぶちまけてしまおう。

「さっきからごちゃごちゃうるせぇんだよ…!生徒会に入れだの俺に勉強を教えるだの!出来るわけねぇだろ!大体俺の両親がそんなの認めてくれるわけがねぇ!さっさと諦めてどっかいけよ!!」

俺の怒鳴り声が響き渡り、教室は嫌な感じの静寂に包まれた。

「……」

葉桜は茫然とした様子で立ち尽くしている。

俺は通知表を再びグシャッとカバンに突っ込むと、教室を出たのだった。


ずんずんと帰り道を突き進む。

いつもの信号。いつもの曲がり角。

そして…高架下。

吹いてくる風が心地よくて、何度も時間を忘れて数学に没頭した場所の一つだ。

アイスとかも食べたっけな。

一人になって、だんだん落ち着いてくると先ほどのことが思い返される。

(言い過ぎたなぁ…)

頭に血が昇って、ついカッとなって言ってしまった。

葉桜からしたら何が何だかわからなかっただろう。葉桜はどこまでも俺の為に励ましたり対応を考えてくれただけなのだから。

しょうもない八つ当たりをしてしまった。

「今度、謝らないとな…」

でもこれからは夏休みなわけだし、夏休み中は会えないとなると九月頭になってしまいそうだが…。

(…流石にそれは遅すぎか?)

周りの人が自分を避けて歩いていくのを見て、ようやく自分が思わず道の真ん中で足を止めて突っ立っていたことに気づいた。

のろのろと歩みを再開する。

(やっぱり今からでも引き返した方が…でも、さっきあれだけ一方的に怒鳴って出てきた後にしれっと戻るって言うのもなぁ…俺が全面的に悪いんだけども)

戻るのか、戻らないのか。

(どうしよう…どうするべきだ?)

いや、答えはすでに決まっている。

引きかえそう。

もう家まですぐのところまで帰ってきていたが、そう決めた矢先だった。

ずるべしゃーっと痛そうな音を立てて、目の前で人が盛大にすっ転んだ。

「は…?って葉桜!?」

何でここに。

いや、それより今は…!

俺は服が汚れるのも構わず地面に膝をつくと、手を差し出した。

「おい、大丈夫か?痛そうなこけ方だったが…」

「だ、大丈夫なのです…少し勢い余っただけなのです」

「そ、そうか…?」

深くは聞かないでおこう。

葉桜は俺の手を取って立ち上がった。

パンパンと服についた土ぼこりを落とす。

(痛そうだな…)

まぁ、あんなに派手にこけたのだから予想はついていたが…葉桜は膝を擦りむいており、血が出ていた。

ここから近くて傷口を洗えそうなところは…。

(うちだな…)

学校、公園…他にも洗えそうなところはあるが、どれくらいでつけるか現在位置からパッと計算した場合、流石に家の方が近い。

て言うかもう家まですぐのところまで帰ってきていたわけだから、別に計算しなくてもわかっていたことではあるが。

すると、不意に葉桜の頭のてっぺんの髪の毛…いわゆるアホ毛が動いた。…ような気がした。

(…ッ!?)

見間違いか?

しかし、すぐにそれは否定された。

まるで感情でも持っているかのように、アホ毛が再び動いたからだ。

しおしおとしおれ、まるで泣いているみたいだ。

葉桜は俯いてこちらに頭を向けているから葉桜自身の表情は見えないが…。

(何で急に…?)

こんなに目立つアホ毛だ。もっと早く気付いても良さそうなものだが。

葉桜が俯いたまま、何も言わないので現実逃避気味にそちらに思考を飛ばす。

謝ろうと思っていた本人が目の前で盛大にこけて俯いているのだ。

気まずい以外の言葉が見つからない。

すると、今最も聞きたくない声が聞こえた。

「あら、爽?と…どなたかしら?」

「ッ!」

(母さん…今はマズイ!)

俯いている背の低い子供とそれを見下ろす自分の息子。

今この状況を見れば、誰だって…

「爽!?子供を泣かせたの!?どう言うこと!?」

そうなるよなぁ!

「違うんだよ母さん!葉桜が目の前で勝手に転んで…!」

「勝手に人が転ぶわけないでしょう!人のせいにするつもりなの!?」

あぁぁ!もう!!

「んなこと言われたって事実なんだからしょうがないだろ…!」

ついさっき反省したばかりだったのに、思わずまた苛立ちが声にでる。

「ていうかケガしてるの?大変!すぐに上がって頂戴。傷口をしっかり手当てしましょう。幸いうちはすぐそこだから」

あれよあれよと言ううちに、母さんは葉桜を家にあげ、手当てをし始めた。

膝と、とっさに地面についた手をケガしたらしい。

消毒液が傷口に染みるようで、葉桜は涙目になっていた。

「これで大丈夫かしら…もう他にケガしてるところはない?えっと…」

「蛍なのです」

「蛍ちゃん」

「もう大丈夫なのです…ありがとうございますなのです」

「気にしないで。うちの息子のせいだから…こちらこそごめんなさいね」

「違うのです…私が勝手に転んだだけで」

「爽を庇うためかしら?そんなこと言わなくても本当のことを言ってくれて良いのよ?」

「ほ、本当なのですッ!…むしろ爽は転んだ私に手を差し出してくれたのです!!」

「あら、そうだったの?ごめんなさいね。おばさん早とちりしちゃって…ていうか爽、それならそうと言ってくれればよかったのに」

「最初に言っただろ…」

「まぁ!親に対してその口の聞き方は何なの!?全く…ごめんなさいね。反抗期なの」

「う、え、ええっと」

流石の葉桜も困っているようだ。

ていうかなんか様子がおかしくないか?

何かを探しているような…?

「葉桜、どうかしたのか?」

「うぇ!?え、ええっと…ヘアピンを知らないですか?さっき転んだ拍子に外れてしまったみたいなのです」

葉桜は頭のてっぺんを隠すように手で押さえている。

「ヘアピン…?」

少し考えた後に気づいた。

「あぁ、あの頭のてっぺんにつけてたやつか?」

何だか変なところにつけているなぁと思ったから覚えている。

「そ、そうなのです…どこに行ってしまったのでしょう…?」

「あら…大切なものなの?それならみんなで探しましょう。一人より三人で探した方が見つかる可能性は格段に上がるわ」

「いや…そう言うわけではないのです。ヘアピンなら何でも良いのです」

「そう?なら、取り敢えず私のヘアピンを上げるわ。闇雲に探したって見つかるかはわからないしね」

「ありがとうございますなのです!」

葉桜は母さんからもらったヘアピンを頭のてっぺんにつけると、やっと安心したとでも言わんばかりに安堵のため息をついた。

しかし、俺は気づいていた。

葉桜が先ほど動いていた不思議なアホ毛を隠すようにヘアピンを止めたことを。

前に次はシノ×真央の話だと書いた気がしますが、諸事情で爽×蛍の話になりました。

しかし、シノ×真央のお話もしっかりと爽×蛍の後にあるのでもうしばしお待ちいただければ…。

登場人物紹介ですが、我らが主人公、歩友ちゃんの分だけ上がっています。もう何回目か分かりませんが、本編のネタバレを含みますので、それを踏まえた上でお楽しみいただけると幸いです!

因みに爽×蛍の話はまだ続きます。爽君が生徒会に入るところまでを書く予定ですので、お楽しみに!

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