25.導き出した答え
「これで、生徒会研修も終わったわけだけれど…あなたの役職と仕事、どうしましょうか。ね、歩友さん?」
放課後の生徒会室。
ゆっくりと沈んでいく夕陽を眺めていると、不意に凛堂先輩が話しかけてきた。
周りには珍しく生徒会メンバーが勢揃いしており、皆一様にこちらの様子を伺っている。
生徒会研修…か。終わってみれば長かったような、短かったような…振り回されることは多かったものの、得られるものも多く、何より楽しかった。
(もう、終わっちゃったんだ)
それに少しの哀しさを憶えた。
……しかし、いくら哀しくても次に進まなければならない。
役職。それに仕事。
言うなればこれは見習いからの卒業課題。
この生徒会研修を踏まえて、私はどんな仕事を生徒会でしたいのだろうか?
私は、ぐちゃぐちゃの頭で考える。
凛堂先輩とやった書類の振り分け。数間先輩から渡されたそろばん。蛍先輩のアホ毛を見ながら捌いた書類。
ほぼ見てるだけだったけど、シノに付いて4組の件についての交渉もやったっけ。
いろいろな思い出や考えが浮かんでは消え、浮かんでは消えの繰り返し。
しかし、どれだけ時間が経ってもこれといった答えが出てくることはなかった。
生徒会室が静かで重苦しい沈黙に支配される。自分が原因だと思えば、尚更重く感じた。
私が悩んでいる間、誰も口を開くことはなかった。みんなが私の出す答えを待っている。
みんなの優しさと、ここ数日で積み上げた信頼関係をひしひしと感じた。
重たいけれど、それ以上に…暖かい。
だからこそ、導き出した答えを告げるのが心苦しくもあった。
意を決して言おうとして、でもみんなの反応が怖くて。何度も開いた口を閉じるのを繰り返す。
それでも、まだみんなは待ってくれた。待ち続けてくれた。
その優しさが、今はただただ辛い。
でも…言わなくちゃ。言わなければならない。
伝えることから逃げるのは…駄目だ。
「私は、生徒会を抜けます」
「…そう。一体どうして?」
凛堂先輩は哀しそうな表情を浮かべた。
でも詰めてくるようなことはせず、冷静に理由を問うてくる。
(今までもこういったことが何回もあったからなのかな)
私はどこか冷静な頭でそう考え、次の言葉を紡ぐ。一度言葉を出してしまえば、もう後には引けない。
「生徒会研修で、たくさんの仕事をしました。でも、私には…正直どの仕事も同じように感じました。簡単な手伝いくらいならできます。でも、実際自分がその役職として責任を持って仕事をこなす…そこまではできないと思います。でも、それだけじゃなくて。何も…何も思い浮かばなかったんです。自分が生徒会で何がしたいのか。そして、生徒会に貢献するために自分に何が出来るのかが」
「そう。分かったわ。教えてくれて、ありがとう。歩友さん」
「嫌なのです!」
「…ッ!?」
今のは…蛍先輩?
「私は嫌なのです!せっかく一緒に仕事したじゃないですか!!頑張ったのです!一緒に!!短い間だったけど、もう歩友ちゃんは大事な生徒会の後輩なのです!!だから…簡単に諦めることなんてしたくないのです!!」
「…蛍」
凛堂先輩が蛍先輩の方を眩しそうに見る。
「そうだな。蛍の言う通り…まだ辞めるには早いんじゃねぇの?」
数間先輩も声を上げる。
数間先輩は懐かしむように蛍先輩を見たあと、私の方に向き直って続けた。
「それに、まだそろばん4級のテキスト終わらせてねぇだろ」
「そうだな!これでおしまいは俺も悲しいぞ。流石に」
「綾目…お前少しはまともな事言えたんだな」
「少しはってなんだ!いつもまともだろ!!…え?そうだよな!?な!?」
しかし全員からジト目を向けられ、綾目先輩は不服そうにする。
「ま、その話は置いといて。ボクもあゆぽんにはまだやめてほしくないな。せっかく誘ったってのもそうだけど、これから色々やりたいし」
シノが含みを持たせて言えば、
「私も。まだ全然一緒に仕事できてないもん」
鏡さんが続いた。
「それでもやめたいと言うのなら、あなたの意思を尊重しますけれど…もう少し頑張ってみてもいいのではないかしら?」
一条院先輩が最後に締めくくる。
「でも、私は…!」
その時。コン、コンと控えめなノックが聞こえた。
『……ッ!』
全員が驚いたように目を見開く。
だって今、ここには生徒会メンバーが皆、揃っているのだから。
(誰…?)
先程までの熱が急激に冷えていくのを感じた。
その人はガチャリとドアを開けて入ってこようとしたようだが、今生徒会室のドアには鍵がかけられており開かない。
ガチャガチャとドアノブが捻られる音が何度かしたが、やがてその人物も生徒会室に鍵がかかっていることに気付いたようだ。
そこで、ようやく凛堂先輩が驚きから立ち直り、ドアの向こうに届くように声を張り上げる。
「す、すみません!今開けます!」
すると、向こうから小さいおどおどした声が聞こえた。
「い、いや、大丈夫です。お、俺、じゃなくて私は鍵を持っていますから…」
「先生!?」
凛堂先輩が驚いたように声を上げる。
他の面々もドアの向こうにいる相手が誰なのか分かったらしいが、依然驚いた表情のままだ。
(にしても…先生?聞いたことない声だったけど…)
他学年の先生だろうか。まぁ、先生なら職員室から生徒会室の鍵を持って来られるだろうし不自然ではない気がするが…。
生徒会室の鍵を持っていることでないのなら、皆は一体何に驚いているのだろう?
カチャンと鍵が開く音がし、ドアが開く。
その向こうから顔をそうっと出したのは、やつれた顔の自信のなさそうな先生?だった。
会うどころか見たことさえない人だ。
私はその人の顔から下へと視線をスライドさせ、首からぶら下がっているネームカードを見る。
(心根 深慮…?このネームカードはうちの学校の先生が共通でつけているものだから教員なのは間違い無いだろうけど…知らない人だな)
心根先生はドアノブを掴んだままドアを半開きにし、ドアの向こう側からこちらをチラチラ見てくるだけで、何故か全く生徒会室の中に入ってこようとしない。
(鍵まで持ってきてわざわざドアを開けたのになんで入って来ないんだろう…)
「うわ…今日人多い…怖い…」
何事かボソボソと呟いているが、声が小さすぎて全く聞こえない。
凛堂先輩がさらに一歩前に出ると、心根先生に向かって話しかけた。
「心根先生、今日は一体どうしてここに…?」
「え、そ、その、あ、えっと…」
心根先生はえ、とかあ、とかもごもご言うだけで、全く要領を得なかった。
「…やっぱり私じゃ駄目みたいね。蛍、お願いできる?」
凛堂先輩は慣れたように判断を下すと、蛍先輩に代わってもらう。
「ここねせんせー。今日はどうしたのです?」
「そ、その、そのですね…」
心根先生は落ち着かないようで、視線があちこちへと動き回る。そのうち目が回ってしまいそうだ。
蛍先輩は優しく声をかける。
「大丈夫なのです。だから、落ち着いて、ゆっくり話してほしいのです」
「あ、えと、す、すみません…」
「深呼吸なのです。すーはー、すーはー」
蛍先輩の掛け声に合わせて、アホ毛も伸び縮みする。
「すぅ、はー……大分お、落ち着きました。あ、ありがとうございます…葉桜さん」
「蛍なのです」
「そ、そうでしたね。ほ、蛍さん」
「落ち着いたならよかったのです。それで、今日はどうしたのです?ここねせんせーがここまでくるのは珍しいのです」
「じ、迅先生に何かて、手伝うことがないか聞いたんですけど、な、何もないと言われてしまいまして…困り果てていたら、ここがお、思い浮かびまして。め、迷惑でしたよね。す、すみません…」
「そんなことはないのです。むしろ来てくれて嬉しいのです」
蛍先輩のアホ毛も嬉しそうにぷらぷらと揺れる。
その様子を見て、心根先生もほっとしたようだ。
「そ、そうですか…。な、ならよかった。ぼ、僕、じゃなくて私、ぱ、パワハラとか言われたらどうしようと…」
「そんなことを言う人はここにはいないのです。生徒会顧問の先生が生徒会室を訪ねることはパワハラではないですし、そうとも思ってないので安心してほしいのです」
(生徒会顧問…!?こ、この人が…?あ、それでここの鍵を持っていたのか)
「は、はい。そ、そうですね。俺、じゃなくて私、疑ってしまって…すみません。え、えと、パワ」
「パワハラなんて言わないのです」
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます。そ、それで確かし、新入役員がいるとか…」
「そうなのです!あ、でもついさっき辞めると言われてしまったのです…」
「や、辞める…?も、もう、ですか?」
「そうなのです。引き留めたのですが…」
「ご、ご本人はなんと?」
「簡単なお手伝いくらいならできるけど、自分が役職としてこなせるほどではないと言っていたのです。あと、自分が何がしたいのか、生徒会に貢献するために何ができるのかが分からないとも言っていたのです」
「そ、そうですか」
「そうなのです」
「私は、お手伝いも立派な仕事だと思います、けど」
先程までのおどおどした雰囲気が、その一瞬だけ掻き消える。
『……!』
「仕事を手伝ったら、その相手の役に立てますし、手伝ってもらった人もありがたいですよね。私は"お手伝いも立派な仕事"だし、生徒会に貢献できると思います、よ?」
最後の方は尻すぼみになってしまったが、その発言はこの場の全員の考えを動かすには十二分の言葉だった。
「手伝いも、立派な仕事…」
心根先生が言った言葉を反芻する。
その言葉は驚くほど胸にじんわりと優しく馴染んで、自分の胸にストンと落ちてくるのが分かった。
手伝い。そうか…!それが。
私の、やりたかったこと。私自身が生徒会に貢献できることだ!!
私はガタッと音が立つのも気にせず、勢いよく立ち上がると口を開いた。
「あの…!私!!生徒会の"お手伝い"として!生徒会に貢献したいです!!」
お手伝い…その、形で。
生徒会メンバー…ひいてはこの学校に携わる人全員の役に立ちたい!
本当の答えに辿り着けた快感。興奮でバクバクと心が跳ね、頬が蒸気する。
「えぇ…もちろんよ。生徒会は歩友さん。あなたを歓迎するわ!」
「!また、一緒にお仕事ができるのですね!!嬉しいのです!」
「私ともこれから仕事できる機会があるかもしれないってことだよね。嬉しいなぁ」
「改めてよろしくねぇ、あゆぽん」
「生徒会現会長の名において、"お手伝い"の役職を授けよう!」
「だっせぇ…おい綾目、それ言うなら"生徒会役員補佐"とかの方がいいんじゃねぇの?」
「ふふ。相変わらず賑やかになりそうですわね」
カラッとした明るい雰囲気が、一瞬にして先程までの重たい雰囲気の生徒会室を染め上げた。
そうして私…揣摩 歩友は生徒会役員補佐として生徒会の見習いから脱却したのだった。
生徒会研修編の後日談です。ここまで本編に入れてしまいたかったのですが、時系列的にもう研修が終わってしまっているので断念しました。
今回は歩友が周りの人たちによって一度自分の出した答えを変えると言うお話でした。歩友が癖つよな生徒会の人たちといい関係を築けていたようで何よりです。
そして心根先生初登場ですね。考えた中では一番最近の人です。登場人物紹介を作る前にまたキャラが増えてしまいました。登場人物紹介の方はもうしばらくお待ち下さい…。
そして、次回は生徒会研修編中の綾目や真央サイドになるのですが…ぶっちゃけると真央とシノのてぇてぇお話です。シノは本当に目立ちますね。まだ途中なのにすでに長すぎておまけの域を超えてきている…(戦慄。




