悪役令嬢、上目づかいをする
兄編は今回で一区切りです
驚いて固まっている兄を前にして、私は言葉を畳みかけていった。
「どうなんですか、お兄様?」
「い、いや……おまえのことはかわいいと思ってるし、かわいいから一日中見守っていたくなるというか俺が守るし、あの護衛は邪魔だし、今度叩き斬りたいと決意しているし、この前来ていた赤い服はとてもよく似合っていてよかったと思う」
「つまり、好きなんですね?」
「…………あ、あぁ」
照れながらもうなずいた兄は、耳の先が赤くなっていて少しかわいかった。
やや発言に不穏当な部分があった気もするけど、今はスルーしておくことにする。
「でしたら、何も問題はないじゃないですか」
「え……?」
「確かに私は変わったと思います。でもその変わり方って、悪い変わり方だったでしょうか?お兄様は、今のこんな私なんかいなくなればいいと思っていますか?」
「そんなわけがないだろう!! おまえは俺の大切な妹だ!!」
「そうでしょ? でしたら何も問題ないと思います」
私は変わったが、それは母の死を悲しんだからではなく、前世の記憶を思い出したからだ。
薄情だとは思うが、今世の母に対しては記憶がないし、悲しいと思う気持ちがわいてなかった。
兄が母を殺したわけではないし、母の性格の悪さ自体が死因だったのだと思う。
娘の私が嘆いても母は生き返らないし、それなら今目の前にいる兄に少しでも笑っていてほしかった。
「今の私があるのは、あの日お兄様が私を助けてくれたからです。お兄様は私の恩人なんですわ」
「だが、それでも…………」
「それとも、母のことを覚えていないような薄情な妹はお嫌いですか?」
「そ、そんなわけが…………」
迷いを見せる兄の手を握り、じっと見つめた。
兄が手を引こうとするが離さず、小さく震えながら唇を開いた。
「でしたらお兄様も、どうか自分を責めないでください。お兄様は私の恩人で、大切なお兄様なのです」
上目づかいで兄を見つめ、すがるように握った手を震わせる。
………………全ては罪悪感に囚われ、ふっきれない兄の背中を押すためだ。
今の私は誰が見てもかわいい美少女。この外見を使わない手はない。
あざといまでの上目づかいだって、10歳の妹がやれば効果は抜群のはずだ。
「だが、本当に、俺がおまえにふれてもいいのか、許されるのか?」
「違います、お兄様。私が寂しいのです。私がお兄様と手をつなぎたいだけで…………駄目でしょうか?」
とどめとばかりに首をこてりとかしげれば、
強い力で手のひらを握られた。
「駄目じゃない!! おまえは俺の大切な妹だ!!」
そういって兄は私を引き寄せると、強く体を抱きしめた。
「お、お兄様、苦しいです……」
空気!!空気ください!!
胴がしめつけられて呼吸ができないです!!
気持ちは嬉しいけど、鍛えている兄上の力は強すぎです!!
「す、すまん!!大丈夫か!?」
「は、はい。く、苦しいけど、嬉しかったです………………」
むせながらも小さく笑えば、兄の手が頭へと伸ばされた。
「すまなかったな…………俺はこんな不出来な人間だが、おまえの兄だ。おまえが寂しさを覚えないよう、これからは精一杯頑張りたいと思う…………だから、よろしく頼む」
「はい、お兄様」
そういってうなずけば、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
相変わらず力加減が不器用で髪が乱れてしまったけど、初めて兄の笑顔を見れたのだから、
指摘するのはまた今度にしておこうと決め、私は明るい笑い声をあげた。
たぶん次は王子編




