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第九十三回

『ええ、そういうことです。あちらからも課長の姿は見えませんが…』

「しかし、この前のように、ぶつかる可能性はあるんだろ?」

『ああ、電車の座席前でのことですか?』

「あのとき、君は車内にいたよな?」

『いや、いませんでした。でも、どういう訳か、あのときのことは知ってるんです』

「なんか怖い話だな、それは…」

『はあ、まあ…僕にもその訳は分からないんです。まあ、ああいうことは、移動空間以外では起きないですから安心して下さい』

「妙に君の云うことは説得力があるなあ…。なんか、信じられる」

『これは、どうも…』

 幽霊平林は、妙な具合に礼を云った。

「まあ、とにかく食べよう…」

 と、云ってはみたものの、いつものセルフどころか、配膳を準備する厨房の者達もいないのだから、容器に料理をよそい、自らで配膳せねばならないのだ。上山は、背広の上着を脱ぐと、テーブル椅子にかけ、ワイシャツの両腕をまくり上げると厨房の内へと入った。ふだん見慣れているから、ある程度の要領は頭の奥に残像として刻まれていた。その一コマ一コマを思い出しながら、上山は配膳板へ自ら何品かの料理類を乗せた。

 よく考えれば、それらの料理類が、いつ、誰によって調理されたのか…という素朴な疑問が沸々とするのだが、この時点で上山は完璧にその冷静な思考を欠いていた。それもそのはずで、万事が万事、今まで起きたこともないような事象が目の前で展開しているのである。上山でなくとも先々のことが気がかりになるのは当然で、その分、気ががれたとしても致し方なかった。

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