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第九十二回

『だったら、ひとまず北枕をやめて南枕でお眠り下さい。とりあえずは、これしかありませんよ、解決策は』

「そうだな…。そうしよう。戻ればいいが、戻らなければ…」

 上山は心細そうな不安顔になった。

『まあ、その時はその時で、別の手立てを考えましょう。そんな、深刻になられずに…』

「ああ…」

 幽霊平林の慰めも、今の上山には、すぐ右から左へ抜けていた。

『私には関係ないことですが、腹が減ってはいくさが出来ぬ、と云うじゃないですか。課長、お昼は?』

「おお、そうそう。よく云ってくれたよ。うっか忘れるところだった。いつも、これくらい減ってれば、忘れることなんて、まずないんだがな、ははは…」

 上山は笑って誤魔化した。それだけ尋常に思えない環境の変化に、上山の身体が緊張していたといえる。

 上山が食堂へ歩き始めると、幽霊平林もスゥ~っと彼に追随した。

 やはり、食堂には上山が予期したように人っ子一人いなかった。だから、漫才の相方のようにいつも声をかけてくる同年配で上山と仲のよい江藤吹恵の姿も当然、そこにはなかった。

『誰もいませんね…』

 幽霊平林にも予想出来ていたのであろうが、彼は一応、事実確認する意味で口にした。

「だな…」

 上山は、ぽつんと、ひと言、返した。

『でも、ちゃんと食べ物はあるでしょ。ほら、あそこにも湯気が立って、美味そうなマーボ豆腐が頃合いに出来てますよ』

「ああ…、やはり私には見えないだけで、いつもと同じように皆、いるんだなあ…」

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