第九十回
「はははは…。首を回して下さい、もいいなあ。君がいりゃ、テレビのお笑い番組を観なくて済みそうだ」
『いやあ、参ったなあ…』
苦笑いをしながら、幽霊平林は、いつものようにスゥ~っと、さりげなく消えた。
上山は流れる辺りの風景の変化を注視しながら、いつもの駅が近づくのを待った。それもその筈で、無人列車なのだから当然、アナウンスもない。だから、展開する視界だけが上山にとっては頼りなのだ。なんとか、いつもの駅を出て改札口を抜ける。会社は駅より徒歩五分ばかりのところにあった。人の気配は、やはりなく、無人の歩道を上山は歩いた。信号も電飾も、街はいつもと変わりない賑わいを見せている。自動車もいつもの過密ぎみの喧噪を撒き散らして走っている。だが、どの車内にも人影はなかった。無人の機械が、ただ絶え間ない軌跡を描いているに過ぎなかった。
会社へ到着し、自動ドアを入った上山だが、やはり人の気配はまったく感じられなかった。いつものように業務第二課のドアを開けても状況は同じで、人っ子一人いなかった。やはり駄目か…と幾らか気落ちしながら上山は課長席へと座った。誰もいないので当然、女子課員の海堂に出されるいつものお茶のサービスもなかった。仕方なく、上山は厨房でセルフのお茶を淹れようと席を立った。
問題は明日の朝までの過ごし方である。人の姿がすべて消えたからといって、物まで消えた訳ではない。だから、生きる分には支障はとりあえずない。そうなると、今後の過ごし方である。見たところ、周囲に視線がないのだから、まずは気分的に寛げる。続いて、仕事で追われるノルマがないから、束縛感がまったくない。で、そうなると欠伸も出る。上山は、いつしか課長席で微睡んでいた。そして目覚めたのは、すでに課内の大時計が十二時に迫った頃だった。どうも気が動転して、かなり疲れていたようで、空腹感が上山を起こした。




