第八十八回
いつも通る無人の自動改札だから、通過の時も違和感はなかった。しかし、人いきれのある雑多な喧噪がないから、妙な孤独感に上山は苛まれた。ホームへ入り、停車した車輌にドアが開いた瞬間、飛び乗った。電車に乗り馴れている上山も、さすがにこの朝は不安な気分だった。幽霊平林の説明によれば、今までと同じで、すべての人は存在している、ということなのだ。上山は瞼をつぶって、いつもの車中の光景を思い出すことに努めた。そこには、人が一杯いる。その光景を思い描けば、不安感を拭い去れると考えたからである。幽霊平林は? と、いえば、やはり上山の後方をスゥーっと付かず離れず、一定の距離を保って流れている。上山も、それは分かっているから別に意識することなく、飛び乗った車輌の空席へ座りかけた。しかし瞬間、妙な感触が大腿と尻に走った。明らかにそれは人間の感触であり、人物が座席に座っている感触だった。この時、その人物もギクッ! と身体を硬くしたようで、ヤンワリとしたクッションのような尻や足の感触は刹那、硬直化して石のようになった。当然、上山も、驚きのあまり、身体を飛び跳ねるかのような俊敏さで立ち退いた。要は、幽霊平林が云ったとおり、車輌に乗客はいたのである。というより、いつも繰り返される日常の光景は展開していて、たた上山だけ見えていなかった、ということである。恐らく乗降客から見れば、上山の姿だけが消えていることを暗に示していた。そして上山も、車両の吊り皮を握りながら、そう思っていた。誰も座っていない筈の座席だが、人の感触は確かにあった。このことは正しく、上山が霊界と人間界の狭間に迷い込んだことを意味していた。
『どうです。僕の云ったことが実感できたでしょう、課長』
「…ああ、どうもそのようだな。いつものように人はいるのか…。ただ、私だけには見えていないだけなんだな。いや待てよ。それだと、この私は死にかけているってことか? 平林!」




