第八十六回
『なるほど! でっ?』
「でっ、って、それだけのことだ。別に変わったこっちゃないだろ?」
『…ええ、まあ。そう云われれば…』
幽霊平林は少し、たじろいだ。相変わらず、駅構内の青ベンチに座る二人(一人と一霊)の周りを通行する人影は、まったく見当たらない。
「いや、いやいやいや…、課長、何かあった筈です。よく思い出して下さいよ」
「んっ? ああ…」
上山はもう一度、昨夜からの自分を辿った。すると、ひとつ思いつくことがあった。それは彼にとって恐らく初めてで、今までしたことがないと思える内容だった。
「ああ、そうだ…。北枕で寝たんだった。いや、別にそうする必要はなかったんだが…。どういう訳か、すべての常識を否定したくなってね。というのも、君に関係があるんだよ」
『えっ! 僕に? …どういうことでしょう?』
「だって、そうだろうが。君が私の目に見え、さらには話をしていること自体、常識では考えられないことだぜ」
『そりゃ、まあ、そうですが…』
「だから、すべての常識を無視しようと、ベッドの前を後ろにして寝たんだよ」
『ベッドを動かさずに、上下を反対に?』
「そりゃ、そうさ。寝る間際に、あんなでっかいものを一人で動かす筈がないだろ? だいいち、一人じゃ動かせんさ」
『はあ、そりゃ、まあそうですか…』
幽霊平林は、また同じ言葉を口にして得心した。
「思い当たること、っていえば、それしかないなあ…」
『北枕ですか?』




