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第八十二回

 いったいどういうことだ…と上山は瞬間、考えた。何か、よからぬことが起こるのかも知れないとも思えた。確かに起ころうとしていたことは不測の事態で、上山を除けは決していいとは考えられない出来事だった。もちろん、上山もこの事態が起こった最初は、皆と同じようにうろたえたが、その後、上山以外にはもたらされない朗報が彼だけに舞い込んだのである。それがなぜだったのかを上山が知るのは半年以上も先となる。

 上山は幽霊平林に云われたとおり二時間ほど遅れて出ることにした。背広の上着だけを脱ぎ、とりあえずはハンガーへかける。奴の云うことが出鱈目なら、完璧に遅刻欠勤だ…と、少し怒りぎみに上山は思った。

 二時間を過ぎ、上山が家を出て駅へ着くと、いつもの雑然とした人の動きが途絶えていた。というより、駅構内には人っ子一人いなかった。乗客はむろんのこと、駅員、それに周辺に展開する店の人影も一切、立ち消えていたのである。そういや…と、上山はひとつの異変に気づいた。というのは、上山が家を出て車を走らせたその途中の車窓に展開する風景が、いつもとはまったく違っていたことである。もちろん上山は偶然、こんな日もあるんだろう…と、軽い気持で車を走らせていた。移り行く風景に人の姿は一切、なかった。駅を歩きながら人を探しはするが、昨日までのすべての有りようが完全に消え去っていた。そうは云っても、それは生活を営む人々の姿だけであり、不思議なことに機械は平常に動いていた。列車は無人の人を乗せ、ドアの開閉もいつもと変わらず、運転手もいないのに無人で発車していた。信号やあらゆる照明も消えることなく、無人以外は、なんら昨日までの風景とは変わることがなかった。すでに歩きさがす上山のひたいには汗が光っていた。それは、動いて暑いから出るという汗のみでなく、そら恐ろしさ、という怖さから出る冷や汗も多分に含まれていた。

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