7話
深夜。リラは胸騒ぎがして目を覚ました。
原因は判っている。マーガレット夫人に言ってしまったことの罪悪感がずっと居座っていた。何度か寝返りを打っても消えてはくれない。
階段を下りたリラは店へと続く廊下の途中で、ドアの隙間から光が漏れているのに気が付いた。日付はすでに変わっている。ヴィクターはまだ作業場に籠って修復を続けていた。
「どうした?」
静かにドアを開けると、ヴィクターは真剣な横顔のままリラに声をかけた。
「眠れなくて。見ててもいいですか?」
意外に思ったのか、ヴィクターの手が止まる。すぐに再開した。
「好きにどうぞ」
見ると言っても、作業場は手狭で座って寛げるような場所はない。そう広くはない部屋に作業机や大きな棚、修理に必要な機材が置かれている。リラは閉めたドアに寄りかかるしかない。
ヴィクターが向かう机の上には、数日前に預かったオイルライターが置かれていた。
「直せそうですか?」
「魔法陣の故障原因が思った通りなら」
「原因は何です?」
「手汗の塩分によって生じた緑青が彫刻された陣で目詰まりを起こしている。そうでなければ小傷による陣の欠けが原因か……そのどちらかだろう」
「すぐ判っちゃうんですね」
「それが仕事だからな」
そう言って、魔法陣を眺めたヴィクターは目をきらきらと輝かせた。
「にしても、これを描いたのは相当な魔女だ。複雑になりがちな陣をこんな手のひらに収まるサイズで図式化できるのは並みの魔女じゃない。オイルを無尽蔵に生み出す陣の効果も限定的とはいえ実利的だし、なにより陣を美術的な装飾の域にまで昇華させるデザインセンスは圧倒的だ。喫煙するたびに使うものだからこそ、嗜好品の一種として見た目にも一切手を抜かない職人的な技巧が――」
「ストップストップっ!」
勢いに圧倒されていたリラは、なんとか声を上げてヴィクターの饒舌を堰き止める。
「その辺で、もう十分です」
ヴィクターは思いのほかしゅんとなった。
「魔法陣は、同じ魔法の効果を持っていたとしても同じ図式は二つとない。描いた魔女によって陣型は異なるし、道具の素材、使用用途、その他のあらゆる要素によって変わってくる。つまり俺は毎回初恋をしていると言っても過言じゃない」
「それ、ロマンチックに言ってるだけ浮気性なだけですから。恋愛対象がマニアックすぎますし」
「ど、どどどどど、どうして……? これは一般性癖のはずだ」
「メチャメチャ動揺してるじゃないですか。自覚済みじゃないですか」
「愛することが、こんなにも辛いなんて……」
「いや、絶対違いますからね。その辛さ」
冷静に断言する。ヴィクターはしばらく悲劇のヒロインになってから、修復作業に戻った。
真鍮の表面を研磨剤を塗布したクロスで磨いてく。それでも落ちない緑青は慎重に鑢で削り落とす。
精霊が魔導具を気にしながら通り過ぎていく。時間は、彼と彼の奏でる修復作業の音だけでできていた。リラは彼の手許で行われる作業を静かに眺めていた。
どれくらいの時間が経ったのかは判らない。ヴィクターが一息ついたのを見て、リラははっとした。今さら沈黙が長く続いていたことに気が付く。
「ヴィクターさんは、どこで修復のやり方を?」
「師匠に教わった」
「最後の魔女は、どんな方だったんですか?」
「俺と違ってだいぶ胡散臭い人だった。社交的でもなかったし」
「へー……そうなんですか」
――まず間違いなく、胡散臭さと社交性の無さでは同類だ。
「魔法で月を空から降ろせると豪語していたが、結局は一度も見せてはくれなかった。代わりに、出兵を控えた若者に魔力絶大と銘打ってテキトウな陣を描いた護符を売りさばいてた」
「だいぶ阿漕ですね」
「というか下請けして俺が描いてた。我ながらうまく描けた」
「やっぱり同類じゃないですか」
リラは軽蔑の視線を向けた。ヴィクターは意にも返さないどころか、むしろ誇らしげだった。
――こんな人に話すなんて、どうかしてる。
リラはため息を吐く。
躊躇しつつも、眠れずにいる理由を打ち明けることにした。
(∩´∀`)∩




