6話
〈ド・ドラーク〉の評判については事前に聞いていた。
科学がすべてを見通すこの時代に、大都会マンハッタンで魔導具修復店を営む気合の入った修復士がいるという話だった。どんな魔導具でも修復できる、というのが売り文句らしい。流石に噂に尾ひれがついているような気もしたが、マーガレットが思い当たる魔導具修復店といえばそれ以外になかった。近所で老人が営んでいた修復店は十年以上前に閉店していた。
入店すると、魔導具には似合わない少女が出迎えたが、すぐに合点がいった。今では絶滅したとされる魔女だった。
初対面の魔女に挨拶をしようとしたそのとき、魔女は叫び声を上げてカウンター後のドアに引っ込んだ。
頭の上に?マークを浮かべていると、奥から猫背気味の男が現れた。ヴィクターと名乗ったその男が修復士だと知ったマーガレットはもう一度驚いた。
――てっきり、あの魔女が修復するものかと。
おそらくこの男は魔女の弟子なのだろう、と納得して、マーガレットはオイルライターをカウンターへ置いた。肌身離さず、常に持ち歩いている物だ。
「このライターは、オイルが永久に減らないオイルライターだ。だが数日前、突然火が出なくなってしまってな。修理を頼みたい」
マーガレットに断ってライターを手にしたヴィクターは、刻まれた魔法陣を注意深く確認した。真鍮製のライターは長年使っているせいで表面が黒く錆び、細かな傷も入っている。
「判りました。修復を承ります」
朴訥な口調で最低限の言葉を使って承諾したヴィクターは記入用紙を差し出した。
万年筆で必要事項を一通り記入していく。修復費用の説明を受けたところで、マーガレットは金に糸目を付けないことを伝えた。説明を聞く限り修復費用は決して安くない。買い替えた方が圧倒的に安価だろう。
「それでも頼む。私にとっては大切なものなのだ」
「判りました」
必要最低限の説明を終えたヴィクターは、ライターを受け取ると素早く店の奥に引っ込んでいった。シャイな性分なのだろう、とマーガレットは推察する。偏見かもしれないが、職人気質という意味でいえばむしろその方が腕が立つようなイメージがあった。
店を出ようとして、マーガレットは脇で一連のやり取りを眺めていた魔女が気に留まった。苦々しく口許を歪めていた。
――心当たりはないが、何か無礼を働いてしまっただろうか。
「わざわざ大金を払ってわざわざ呪われた物を直すなんて……理解できない」
魔女は聞こえるか聞こえないかくらいの小声で言った。マーガレットは聞き間違いとさえ思った。魔法を使う張本人である魔女が言うには矛盾している。
「まったく……同感だよ」
マーガレットは幻聴めいた苦言を聞き入れる。
それだけの過去があった。
夫との結婚は、貴賤婚だった。
彼は資産家の家柄。西欧諸国の名だたる富豪や政府関係者ともコネクションを持つ。そんな人間が、下流階級の自分を妾にするならまだしも本妻に迎えようというのだから、その結婚は決して祝福されたものではなかった。
四六時中囁かれる親族からの罵詈雑言。だがそれくらいならまだ良い方だった。
やがて、口にするものに毒が入れられるようになった。嫡子だけは産ませない。そんな意図があった。
何の身寄りもない小さな港町に引っ越したのは夫の計らいだ。使用人も一から雇い直し、二人を知っている者は町に誰もいなかった。
――夫だけが、いつも心の支えだった。
だからこのライターは、お守りなのだ。
私と夫を繋ぐための。
夫が与えてくれたものの数は計り知れない。しかし一番身近で、長く手元に残っている物は、奇しくも二人で逃れた日に送られた、このライターだった。
「これを贈ってくれた夫はすでにこの世にはいない。贈られるのに相応しくない人間が、未だみっともなく執着しているのだ」
魔女は、意外にもしおらしく顔を背けた。そこは年相応というべきだろうか。
マーガレットは眉間に寄ってしまっていた皺を意識して緩める。怒っているように見えてしまうのは悪い癖だ。年齢を経るにつれ余計にそう見られることが多かった。
「気にしないでくれ。過ぎた話だ」
腕の立ちそうな修復士と慧眼な魔女。マーガレットは彼女らを頼もしく思いながら店を後にした。
(/・ω・)/




