第九話 穀物酒戦争
穀物と、それぞれの酒の神たちは混乱していた。
コメもトウモロコシも、バッカスは自分だけに手を貸していると思っていた。
そして、実際に武将もできた。
日本酒とチチャ。
どちらも男前だ。
そして――
「……どういうこと?」
コメが、目の前に並ぶ三人の男たちを見つめていた。
日本酒、ビール、チチャ。
それぞれ違う穀物の力から生まれた、酒の武将たちである。
「いや、どういうことって……」
ムギが呆れたように肩をすくめた。
「酒というものは、穀物と発酵菌の力から生まれる。私がビールを手に入れていても、不思議ではないだろう?」
「そういうことじゃないのよ!」
コメはバッカスを指さした。
「バッカス! あなた、私にだけ協力してくれているんじゃなかったの!?」
バッカスは、いつもの人のよさそうな笑みを浮かべた。
「おやおや。私は、コメ様だけに協力すると申し上げた覚えはありませんが……」
「えええええっ!?」
「だって、あなた、私にすごく優しかったじゃない!」
「ありがとうございます。コメ様は、とても魅力的な穀物ですから」
「……そ、そう?」
コメは一瞬、照れた。
「って、そうじゃなーい!!」
その隣では、トウモロコシがわなわなと震えていた。
「バッカス……」
「はい、トウモロコシ様」
「私と一緒に、チチャを生み出したじゃない……」
「ええ。素晴らしい武将が生まれましたね」
「しかも、イケメンだねって言ったら……」
トウモロコシの目に涙が浮かぶ。
「『君だけだよ』って……言ってくれたじゃない……!」
「…………」
その場の空気が凍りついた。
コメが、ゆっくりとバッカスを振り返る。
「……バッカス?」
バッカスは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。
「いやあ、チチャも日本酒も、実に素晴らしい武将ですね」
「話をそらすなぁぁぁ!!」
コメとトウモロコシの声が重なった。
ムギは額に手を当て、深いため息をついた。
「……面倒くさい女の典型だな」
「な、なんですって!?」
トウモロコシが振り向く。
ムギは涼しい顔で続けた。
「自分だけに都合のいい話が舞い込んでくると信じて疑わない。少しは相手の立場や現実を考えたらどうだ?」
「だ、だって……!」
「『君だけだよ』なんて言葉を真に受けるとは。頭の中がお花畑なのか、君は」
「ぐはっ!」
トウモロコシが胸を押さえた。
「そ、それは……本当に、私だけだと思って……!」
「君だけだと思わせるのが上手い男だった、ということだろう」
ムギはバッカスへ視線を向けた。
すると、バッカスはいつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに口を開いた。
「これはライアーゲーム。騙して何が悪いんですか?」
「ライアーゲームじゃない!!」
トウモロコシが即座に叫んだ。
「何、勝手にゲームにしてるのよ! 私は本気だったのよ!?」
「ふふふ……」
バッカスは楽しそうに笑った。
その笑顔は、どこまでも穏やかだった。
ただし、その目は笑っていなかった。
「うわぁ……」
コメが一歩後ずさる。
「なんか、急にバッカスが怖くなってきたんだけど……」
「今さら気づいたのか?」
ムギは呆れたように言った。
「……ムギ様は、気づいていらしたのですか?」
バッカスが、興味深そうにムギを見た。
「ああ。穀物と発酵菌の組み合わせなら、他の穀物でも可能だろう。さすがに、私だけということはないと思ったよ」
ムギは、手元のビールをちらりと見た。
「それに、これは悪い話ではないさ」
「悪い話ではない、ですって!?」
トウモロコシが涙目で叫んだ。
「私の純情はどうなるのよ!?」
「それとこれとは別の話だろう」
ムギはあっさりと言い切った。
「何より、最も領地を持つ麦軍は、その地位をさらに強固にできる。酒の武将を得たことで、私たちの戦力も増したからな」
「おおっ! さすがムギちゃん! じゃあ、私も日本酒くんと一緒に世界を取っちゃうもんね!」
コメが勢いよく胸を張った。
「……ただし」
ムギが静かに続けた。
「他の穀物たちも同じように強くなる。だが、全員が強くなるということは、現状の強者が有利な状況も変わらないということだ」
「……あっ!」
コメが声を上げた。
「そうか! みんなが強くなっても、ムギちゃんの領地が広いことは変わらないんだ!」
「その通りだ。むしろ、今まで以上に私の地位は盤石になるかもしれない」
ムギはビールに視線を向けた。
「ただし、他所への侵攻が容易になるわけではない。相手もまた、強くなっているのだからな」
「なるほど……」
コメは日本酒を見つめた。
「日本酒くんが来てくれたのは嬉しいけど、これだけで世界を取れるわけじゃないのね……」
「ようやく理解したか、コメ君」
ムギは笑った。
「世界は、そう簡単には手に入らないものさ」
「……あっ! そういうこと!?」
コメはハッと顔を上げ、バッカスをビシッと指さした。
「また騙したのね、バッカス!」
「おやおや。騙しただなんて、人聞きの悪い」
バッカスは、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「これはライアーゲーム。騙し――」
「だからライアーゲームじゃないって!!」
トウモロコシが即座にツッコんだ。
「なんなのよ、さっきから! それ、好きなの!?」
「ふふふ……」
「笑ってごまかすなぁぁぁ!!」
トウモロコシの叫びが、その場に響き渡った。
こうして、穀物たちは発酵菌の力を得て、酒を作り出した。
各地で同時多発的に起きたこの現象については、さまざまな理由が囁かれている。
しかし、その裏には、バッカスの暗躍があったのかもしれない。




