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穀物三国志 ~誰も知らない弱小神の野望~  作者: kammy


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第七話 天の岩戸伝説

「しかし……」


アマテラスは、怒りを抑えながら口を開いた。


「今、私の弟であるスサノオが大暴れしているのだ」


「……はい?」


コメと白飯は顔を見合わせた。


アマテラスによれば、スサノオは家族との折り合いが悪く、反発しては騒ぎを起こしているらしい。


そして先日、ついにとんでもない事件が起きた。


皮を剥いだ馬の死体を、織物小屋に投げ込んできたのだという。


「…………」


「…………」


コメと白飯は、そろって絶句した。


「いやいやいや! いくら腹が立ったからって、そんなことしなくない!?」


「しませんね! 普通はしません!」


「だよね!? 私がおかしいのかと思っちゃったよ!」


二人は完全にドン引きしていた。


アマテラスは、そんな二人の反応を気にする様子もなく言った。


「そこで、お前たちにスサノオを大人しくさせてもらいたい」


「……ええ?」


コメは困惑した。


そもそも、ついさっきまで自分たちはアマテラスに謝りに来ていただけなのだ。


それがどうして、神様の家族問題に巻き込まれているのだろう。


コメは少し考えた。


そして、ぽん、と手を打った。


「……とりあえず、アマテラス様は、あそこの岩屋戸に隠れていてください」


「…………は?」


「家族が顔を合わせると、余計にややこしくなるんですよ。だったら、まず顔を合わせないようにしましょう!」


白飯も、なるほど、と頷いた。


「確かに、今の状況では、顔を合わせるたびに騒ぎが大きくなりそうですね」


「そういうことです!」


コメは自信満々に胸を張った。


「というわけで、アマテラス様は岩屋戸に隠れていてください!」


「…………」


アマテラスは、無言でコメを見つめた。


「……お前、私にまた失礼なことを言っている自覚はあるか?」


「えっ!? 今回はちゃんと考えて提案したんですけど!?」


「そういう問題ではない!!」


アマテラスの怒声が響き渡った。


「そもそも、私が岩屋戸に隠れたらどうなると思っている!」


「え? どうなるんですか?」


「私は太陽神だぞ! 私が隠れれば、太陽が出なくなるのだ!」


「…………え?」


「太陽が出なければ、猿どもの生活にも影響が出る。当然、長くは隠れていられん!」


コメは固まった。


「えええええっ!? 太陽が出なくなるの!?」


「だからそう言っているだろう!」


「ちょ、ちょっと待って! それ、先に言ってくださいよ!」


「今、言っただろうが!!」


コメは頭を抱えた。


「ど、どうしよう……! 太陽が出なくなったら、お米が育たないじゃない!」


「お前は自分の心配か!!」


白飯が思わず突っ込んだ。


「だって、私たち穀物にとって太陽は大事なんだもん!」


「それはそうですが……!」


コメはうんうんと唸りながら、必死に考えた。


アマテラスを隠せば、スサノオと顔を合わせずに済む。


しかし、太陽が出なくなれば、猿たちの生活が困る。


そして何より、コメたち穀物の未来にも関わってくる。


「ううう……。隠れちゃダメで、でもスサノオは大人しくさせなきゃいけない……」


コメは顔を上げた。


「……わかった! じゃあ、スサノオのほうを何とかしよう!」


「最初からそうしてくれ……」


アマテラスは深々とため息をついた。


コメと白飯は、さっそくスサノオのもとへ向かった。


そこにいたのは、腕を組み、ふてくされた顔で座り込んでいる男だった。


見るからに機嫌が悪い。


というより、まるで反抗期の不良少年である。


コメは恐る恐る近づいた。


「あのー……スサノオ様?」


「あぁ?」


スサノオがギロリと睨みつけた。


「なんだ、てめぇ」


「えっと、アマテラス様からお話を聞きまして……」


「うるせぇ。殴るぞ」


「ひぃっ!?」


コメは思わず白飯の後ろに隠れた。


「ちょ、ちょっと待って! まだ何も言ってないじゃない!」


「うるせぇって言ってんだろうが!」


「白飯ちゃん……この人、話し合いができないタイプだよ……」


「そのようですね……」


白飯も困ったようにスサノオを見つめた。


どうやら、アマテラスの言っていた「大暴れ」というのは、決して大げさな表現ではなかったらしい。


「……よし!」


コメは、ぽん、と手を打った。


「まずは話を聞いてもらわないとね!」


「コメ様、何か策があるのですか?」


「もちろん!」


コメは胸を張った。


「名付けて、口からでまかせ作戦!」


「そのままですね!?」


コメは白飯のツッコミを無視して、再びスサノオの前に立った。


「あのー、スサノオ様?」


「……今度はなんだ。殴られてぇのか?」


「ひぃっ! ち、違います!」


コメは慌てて首を横に振った。


「実はですね、アマテラス様が反省しているんです!」


「……あぁ?」


スサノオの眉がぴくりと動いた。


「スサノオ様とのことを、本当に悪かったと思っているそうです。それで……岩屋戸に隠れてしまいました!」


「…………」


「もう、スサノオ様と顔を合わせるのもつらいって……。本当に反省しているんです!」


もちろん、そんな話は聞いていない。


コメの口から出まかせである。


白飯は隣で顔を引きつらせていた。


(コメ様……! いくらなんでも、それは……!)


しかし、スサノオの反応は予想と違っていた。


「……あいつが、岩屋戸に?」


スサノオは、ぽつりとつぶやいた。


コメは、ここぞとばかりに畳みかけた。


「そうですよ! 家族なんだから、本当は仲良くしたいんですよー!」


「…………」


「アマテラス様だって、ずっと喧嘩していたいわけじゃないと思います!」


スサノオは、そっぽを向いた。


「……うるせぇ」


先ほどまでの威勢は、少しだけ弱まっていた。


「俺だって……別に、ずっと喧嘩してぇわけじゃねぇよ」


「じゃあ、仲直りしましょうよ!」


「そ、それは……」


スサノオは顔を背けた。


「俺から謝るなんて、恥ずかしくてできるかよ!」


コメと白飯は顔を見合わせた。


(厨二だねぇ……)


(厨二ですね……)


二人の心は、見事に一致していた。


とはいえ、少しは話を聞いてくれるようになったらしい。


コメは、ふとスサノオの手元に目を向けた。


「ところで、スサノオ様。お腹すいてませんか?」


「あぁ?」


「白飯でも食べません?」


コメがそう言うと、スサノオは手に持っていた魚を見た。


そして、おもむろに白飯を手に取ると、その上に魚を乗せた。


ぱくり。


「…………」


もぐもぐ。


「……うめぇ」


スサノオは、夢中になって食べ始めた。


コメは、その様子をじっと見つめていた。


(……いけるな、こりゃ)


その瞬間だった。


ドゴォォォォォン!!


突然、背後で大爆発が起きた。


「「「「ええええええええっ!?」」」」


コメと白飯、そしてスサノオまでもが、そろって振り返った。


もうもうと立ちこめる煙。


その中から、一人の男が姿を現した。


整った顔立ちに、凛々しい目元。すらりとした体つきの、まさに美男子である。


男は静かに口を開いた。


「私はスシ。コメ様と魚の力から生まれた、武将です」


「……え?」


コメは目を丸くした。


白飯も口を開けたまま固まっている。


スサノオは、食べかけの白飯と魚を手にしたまま、スシを見つめていた。


やがて、スサノオはスシを指さした。


「……なんだ、お前。うまそうな名前だな」


「名前を食べないでください!」


白飯が思わず突っ込んだ。


スシは困ったように微笑んだ。


「私は食べ物ではなく、武将ですので……」


「いや、でも寿司ってうまいじゃん?」


「私自身を食べる話ではありません!」


「現世に行けば、寿司が食い放題だな!」


スサノオは、スシを見ながら目を輝かせた。


「寿司……食い放題……!」


どうやら、すっかり乗り気になったらしい。


「よし! 俺は現世に行くぜ!」


コメは、ぽかんと口を開けた。


「……え? それでいいの?」


「おう! うまいもんが食えるなら、ここにいる理由なんてねぇ!」


白飯は、呆れたようにため息をついた。


「結局、食欲ですか……」


こうしてスサノオは、寿司を求めて天界を離れ、現世へと向かうことになった。


その後、スサノオが天界に戻って大暴れすることはなくなった。


……もっとも、スサノオが大人しくなった理由は、反省したからでも、家族と和解したからでもない。


ただひたすら、寿司が食べたかったからである。


「じゃあな! アネキに伝えといてくれ!」


現世へ旅立とうとしたスサノオが、ふと思い出したように振り返った。


「……すまねぇ、ってな」


コメと白飯は、思わず顔を見合わせた。


「……はい! ちゃんと伝えておきます!」


コメが元気よく答えると、スサノオは照れくさそうに顔を背けた。


「べ、別に大した意味はねぇからな! じゃあな!」


そう言い残し、スサノオは現世へと旅立っていった。


その背中を見送りながら、白飯がぽつりとつぶやいた。


「……素直じゃない方でしたね」


「うん。でも、いい人だったね!」


コメは、にっこりと笑った。


コメと白飯、そして新たに誕生したスシ。


三人は、アマテラスのもとへ戻ってきた。


「アマテラス様ー!」


コメが元気よく声をかける。


「スサノオ様の件、無事に解決しました!」


「……何?」


アマテラスは、信じられないといった顔をした。


「本当に、あのスサノオを大人しくさせたというのか?」


「はい! 今ごろは現世に向かっていると思います!」


「現世に……?」


アマテラスはますます困惑した。


あの弟が、そう簡単に言うことを聞くとは思えない。


いったい、何をしたというのだろう。


「それで、こちらが新しい仲間のスシくんです!」


コメが隣の美男子を紹介した。


スシは恭しく頭を下げた。


「私はスシ。コメ様と魚の力から生まれた、武将です」


「……スシ?」


アマテラスは、見知らぬ美男子とコメたちを交互に見た。


「いったい、何がどうなっているのだ……?」


「それがですね……」


白飯は、スサノオと出会ってからの出来事を、かくかくしかじかと説明した。


白飯に魚を乗せて食べたらスシが誕生したこと。


スサノオは寿司を気に入り、現世へ行くことになったこと。


そして、旅立つ直前のことだった。


「そうそう、スサノオ様が伝えておいてくれって」


コメは、思い出したようにアマテラスに告げた。


「すまなかった、って言ってましたよ」


「…………」


アマテラスは、しばらく黙っていた。


やがて、小さく息を吐く。


「……そうか」


その表情が、ほんの少しだけ和らいだ。


「なんだか、厨二の男子みたいですね」


コメがぽつりと言った。


「コメ様、それは本人の前では言わないでくださいね……」


白飯が苦笑する。


「ふふっ……」


アマテラスも、思わず笑みをこぼした。


スシも穏やかな笑顔を浮かべる。


そして、四人は顔を見合わせて笑った。


こうして、スサノオの騒動はひとまず解決した。


コメは新たな武将スシを手に入れ、アマテラスとの関係にも、少しだけ変化が生まれたのである。


こうして、東アジアのさらに東、島国である日の本の国でも、稲作が始まった。


しかし、周辺地域と比べると、日の本の国で稲作が普及するまでには、かなりの時間を要した。


その理由については、気候の問題、土地との相性など、さまざまな説が唱えられている。


だが、近年では、もう一つの説が有力視されている。


コメがアマテラスに放った、あの一言。


――「おばさん」。


これが稲作の普及を遅らせた、大きな原因の一つだったのではないかと考えられている。


もちろん、真偽のほどは定かではない。

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