第二話 稲作はじめました
白飯ちゃんが誕生してから、猿たちの暮らしは大きく変わった。
それまで見向きもされなかった米が、今では大人気である。
猿たちは、野生の稲を見つけては実を集め、火にかけて炊くようになった。
そして、そのおいしさに夢中になった。
「おいしい! もっと食べたい!」
「こっちにもあったぞ!」
あちこちで歓声が上がる。
その様子を見ていたコメは、感激のあまり胸を押さえた。
「すごい……! すごいよ、白飯ちゃん! みんな私のお米に夢中だよ!」
「はい、コメ様。これもすべてコメ様のお力です」
「えへへへ……。ついに私の時代が来たのね!」
コメは満面の笑みを浮かべた。
そんなコメのもとに、猿たちから新たなアンケート結果が届いた。
【白飯を食べてどう感じましたか?】
『白飯を食べると元気が出ます』
『白飯を食べてから、お腹を壊さなくなりました』
『スタイルが良ければ、もっと好きになります』
「最後ぉぉぉ!!」
コメは思わず叫んだ。
「なんで私のスタイルを知ってるのよ!!」
……それはさておき、アンケートの結果はおおむね好評だった。
昨日まで見向きもされなかった自分のお米が、今では大人気なのだ。
コメは、嬉しそうに笑った。
しかし、その喜びは長くは続かなかった。
* * *
「……あれ?」
コメは、目の前の草原を見つめた。
つい先日まで、そこには野生の稲が一面に広がっていたはずだった。
ところが、今はどうだろう。
実をつけた稲はほとんど残っていない。
猿たちが、次から次へと収穫してしまったのだ。
「あ、あれれ……?」
コメは周囲を見回した。
どこにも稲がない。
少し離れた場所にもない。
さらに遠くまで目を凝らしてみても、残っているのはわずかな稲ばかりだった。
「ギャーーーーーッ!!」
コメの悲鳴が草原に響き渡った。
「やりすぎたぁぁぁ!! 食べすぎだよぉぉぉ!!」
ついさっきまで、米が大人気になったことを喜んでいたのに。
今度は、食べられすぎて絶滅の危機である。
「どうしよう! このままじゃ、私のお米が本当に全滅しちゃう!」
コメは頭を抱えた。
食べてもらえなければ絶滅する。
食べてもらいすぎても絶滅する。
いったい、どうすればいいのだろう。
そんなコメを見て、白飯は静かに口を開いた。
「コメ様。ひとつ、提案がございます」
「な、なに!? 何かいい方法があるの!?」
「種を植え、育てるという概念を、猿たちに与えてみてはいかがでしょうか」
「種を……植える?」
コメはきょとんとした。
「はい。自然に生えた稲を探して食べるのではなく、自分たちで種を植え、育てるのです」
コメは考え込んだ。
今まで、そんなことをする生き物はいなかった。
実ったものを採って食べる。
それが当たり前だった。
種を土に埋め、芽が出るのを待ち、育ったものを収穫する。
そんなことが、本当にできるのだろうか。
「でも……うまくいくのかな?」
「分かりません」
白飯は、はっきりと答えた。
「ですが、このままでは、いずれ稲が食べ尽くされてしまいます」
「うぅ……」
コメは、寂しくなった草原を見つめた。
せっかく自分のお米を食べてもらえるようになったのだ。
それなのに、このままでは何もかも失ってしまう。
「……やるしかない、か」
コメは、小さな拳をぎゅっと握った。
「白飯ちゃん! 猿たちに、種を植えて育てるという考えを伝えてみよう!」
「はい、コメ様」
神といえど、万能ではない。
世界を思いのままに操ることも、望んだものを自由に生み出すこともできない。
彼らにできるのは、生き物たちに問いかけ、反応を知ること。そして、ほんのわずかな概念や発想を、その心に提示することくらいだった。
それを受け入れるかどうか。
そこから何を思いつき、何を生み出すか。
すべては、受け取った者たち次第である。
コメは猿たちに、種を植えて育てるという発想を送り続けた。
それがどのような結果をもたらすのか、彼女にも分からなかった。
ただ、願うしかなかった。
自分のお米が、絶滅しないことを。
* * *
それから、数百年の時が流れた。
コメの願いが届いたのか、猿たちは食べた米の種を土に植えるようになっていた。
最初は、何のために種を植えるのかさえ分からなかった。
しかし、芽が出た。
葉が伸びた。
やがて、稲は実りの時を迎えた。
自然に生えた稲を探し回る必要はない。
自分たちで植え、育て、収穫する。
人間たちは、少しずつその方法を学んでいった。
そして――。
「コ、コメ様! 見てください! 稲が、こんなに実っています!」
白飯の声に、コメは目を輝かせた。
目の前には、黄金色に実った稲穂が広がっていた。
「すごい……! すごいよ、白飯ちゃん!」
コメは、嬉しそうに飛び跳ねた。
「これなら、もう食べ尽くされなくて済むんだね!」
かつて、食べてもらえずに絶滅を恐れていた小さな神。
その彼女が今、自分の領民たちと共に、新たな時代の入り口に立っていた。




