第一話 最初の武将
人間こそ地球の支配者である。
それは、人間たちが当たり前のように抱いている幻想である。
大地を耕し、文明を築き、国を興し、戦争を繰り返す。
人間たちは、自らの意志で世界を動かしていると信じている。
本当にそうであろうか。
否。
真の支配者は、別にいる。
人間が大地を耕すよりも前から、彼らを育ててきた者たち。
人間が国を興すよりも前から、彼らの繁栄を左右してきた者たち。
これは、人間たちが知らない、地球の真の支配者たちの物語。
領民を増やし、勢力を広げ、覇権を握るために争い続けた者たちの、群雄割拠の物語である。
* * *
人間が文明というものを築く、はるか以前。
まだ誰にも知られていない、小さな神がいた。
名は、コメ。
神と呼ぶにはあまりにも弱く、その存在も名前も、まだ誰にも認識されていない。
そんな彼女の独白から、この物語は始まる。
「また動物のお腹を壊して、食べちゃいけないもの認定されちゃったー!」
コメは頭を抱えた。
「なんでよぉ! せっかく実ったのに! ちょっとくらい食べてくれたっていいじゃない!」
目の前には、たわわに実った野生の稲。
しかし、その実は硬く、動物たちにとって食べやすいものではなかった。
おまけに、そのまま飲み込むと消化できず、お腹を壊してしまうこともある。
たまに鳥がついばみに来るくらいで、まともに食べてくれる者はほとんどいない。
「こうなったら、みんなの意見を聞いてみよう!」
コメは、周囲の動物たちにアンケートを取ることにした。
野生の稲を食べない理由は何ですか?
【ウサギ】
『硬すぎる。顎が疲れる』
【シカ】
『そのまま飲み込んだら、お腹を壊した。もう二度と食べない』
【サル】
『実が小さすぎる。食べた気がしない』
【鳥】
『まあ、食べられなくはない。でも、わざわざこれを選ぶ理由もない』
「うぅ……みんな好き勝手言ってぇ……」
コメは涙目になりながら、最後の回答に目を通した。
【???】
『もっとスタイルが良ければ食べるかも』
「……は?」
コメは回答用紙を二度見した。
「なんで私のスタイルが幼児体型なのも知ってるのよぉぉぉ!!」
誰もいない草原に、コメの叫び声が響き渡った。
「もう! 失礼しちゃうわね! 私だって好きでこんな体型に生まれたわけじゃないんだから!」
コメが回答用紙を地面に叩きつけた、そのときだった。
「あ……?」
ふと、遠くに目を向ける。
そこには、何匹かの猿たちが集まっていた。
その中央には、赤々と燃える炎。
「えっ、うそ……火?」
コメは思わず目を見開いた。
猿たちは、燃え盛る火を囲みながら、何やら騒いでいる。
今まで、火を扱える動物などいなかった。
けれど、あの猿たちは違う。
火を使っている。
「も、もしかして……!」
コメの頭に、ひとつの考えが浮かんだ。
硬くて食べにくいのなら、柔らかくすればいい。
そのまま食べてお腹を壊すのなら、食べられるようにすればいい。
水で煮て、火を通せば……。
「おいしくなるかもしれない!」
コメは立ち上がった。
もちろん、確証などない。
うまくいく保証もない。
それでも、このまま何もしなければ、自分のお米はいつか消えてしまう。
だったら。
「……これが、最後のチャンスかもしれない」
コメは、猿たちをじっと見つめた。
「お願い……! 私の声が届いて……!」
神といえど、万能ではない。
世界を思いのままに操ることも、望んだものを自由に生み出すこともできない。
彼らにできるのは、生き物たちに問いかけ、反応を知ること。そして、ほんのわずかな概念や発想を、その心に提示することくらいだった。
それを受け入れるかどうか。
そこから何を思いつき、何を生み出すか。
すべては、受け取った者たち次第である。
コメは祈るように目を閉じた。
水で炊けば、おいしくなる。
その小さな発想が、猿たちの心に届くことを願って。
* * *
猿たちは、米を水に入れ、火にかけ始めた。
最初は、何をしているのか分からない様子だった。
水が沸き、米が熱せられ、やがて辺りに湯気が立ち上る。
そして――。
猿たちは、炊き上がった米を口に運んだ。
「……!」
その表情が変わった。
硬かった米は柔らかくなり、噛めばほのかな甘みが広がる。
猿たちは夢中になって食べ始めた。
「た、食べてる……!」
コメは目を輝かせた。
「私のお米を! ちゃんと食べてくれてるぅぅぅ!」
その瞬間だった。
ボンッ!
「ひゃあっ!?」
コメのすぐ隣で、小さな爆発が起きた。
白い煙が立ち込める。
「な、なに!? 今度は何なの!?」
慌てて煙を手で払いのけるコメ。
すると、その向こうに、一人の少女が立っていた。
真っ白な衣装をまとった少女は、コメの前に恭しくひざまずく。
「私は白飯。コメ様のお力から生まれた、最初の武将です」
「…………え?」
コメは固まった。
目の前の少女と、彼女が立っていた場所を交互に見る。
「えっ、ちょ、ちょっと待って……。武将? 私の?」
「はい、コメ様」
「えええええっ!? こんなことになるのぉぉぉ!?」
コメは頭を抱えた。
ずっと一人ぼっちだった。
自分の存在を知る者すらいなかった。
それなのに、今、目の前には自分をコメ様と呼んでくれる少女がいる。
嬉しい。
ものすごく嬉しい。
でも、何が起きたのか、さっぱり分からない。
「えっ、えへへ……。私、武将ができちゃった……?」
コメは白飯を見つめた。
そして、じわじわと笑顔になっていく。
「やったぁぁぁ! 私にも仲間ができたぁぁぁ!」
コメの声が、草原いっぱいに響き渡った。
こうして、最初の武将を得たコメは、天下統一への第一歩を踏み出したのである。




