SS 第6話 ボディタッチ作戦
その日の夕食。
セリーヌは朝から台所に立ち、いつも以上に気合いを入れて料理を作っていた。
「よし……!」
昼間、リュカに言われたことが頭から離れない。
『男は小悪魔に弱い』
『ボディタッチだ』
(今日は絶対に成功させます……!)
そう意気込んだ結果。
食卓にはいつもより豪華な料理が並んでいた。
分厚いステーキ。
香ばしく焼いた長物の魚。
木の実をふんだんに使ったサラダ。
葱たっぷりのスープ。
気付けば、精が付きそうな食材ばかり選んでいた。
「……あれ?」
料理を並べ終えたセリーヌは首を傾げる。
「なんだか今日は、お肉も木の実も、お魚も葱も多いですね……」
一瞬だけ考え込む。
「ま、いっか!」
細かいことは気にしない。
そこへアデラーンが居間へやって来た。
「今日は豪華だな」
「はい!」
「いっぱい食べてください!」
二人は向かい合って席へ着く。
「いただきます」
「ああ、いただこう」
アデラーンは料理を一口食べた。
「美味しい」
「本当ですか!?」
「ああ」
「今日も絶品だ」
(よかったぁ……)
セリーヌは嬉しそうに笑った。
夕食は終始穏やかな雰囲気で進んだ。
食後。
セリーヌは温かいお茶を淹れ、居間へ戻る。
「先生、お茶です」
「ありがとう」
湯呑みを受け取るアデラーン。
セリーヌは勇気を振り絞った。
「先生」
「うん?」
「最近、お疲れじゃありませんか?」
「そうか?」
「肩、凝ってそうです」
「よければ揉みます」
アデラーンは少し驚いたように笑う。
「それじゃあ頼もう」
(よし……!)
セリーヌは後ろへ回る。
両手を肩へ添える。
「失礼します」
ぐっ。
ぐっ。
ゆっくりと肩を揉み始める。
アデラーンは目を閉じた。
「……気持ちいいな」
(やった!)
心の中でガッツポーズ。
「セリーヌ」
「はい!」
「ありがとう」
「とても楽になった」
(ありがとうございますぅぅぅ!!)
嬉しくなる。
しかし。
(これじゃ普通です)
(ここからです!)
今度は腕へ手を伸ばす。
「腕も凝ってそうですね」
「ああ」
「お願いできるか」
「もちろんです!」
腕を優しく揉みほぐす。
「そこですか?」
「うん」
「上手いな」
「心地いい」
(通常運転です……)
セリーヌは少しだけむっとした。
(先生、全然意識してません)
(なら……)
(最終手段です!)
大きく深呼吸する。
(胸には……少しだけ自信あります)
(これくらいなら……)
(きっと、わざとだなんて思われませんよね……)
勇気を振り絞り、自然を装ってほんの少しだけ距離を縮める。
心臓は破裂しそうなくらい速く鳴っていた。
(恥ずかしいですぅぅぅ!!)
アデラーンはしばらく黙っていた。
(き、きました!)
(絶対気付いた!)
(どうしよう……!)
そして。
アデラーンが静かに口を開く。
「……そうか」
「なるほど」
セリーヌの鼓動が一気に速くなる。
(き、きます!!)
アデラーンは穏やかに微笑んだ。
「新しい服を買った理由が分かった」
(えっ!?)
「そういうことか」
「セリーヌにも、気になる人ができたんだな」
「…………え?」
「身だしなみに気を遣うようになったのも、その人のためなんだろう」
「よかったら今度紹介してくれ」
「…………」
セリーヌは口を開けたまま固まった。
頭の中が真っ白になる。
(ち、違います……)
(違います……)
(その人、先生なんですぅぅぅぅぅ!!)
もちろん、その叫びは声にならなかった。
アデラーンは湯呑みを手に微笑む。
「応援しているぞ」
「幸せにな」
その瞬間。
セリーヌの心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
(そうじゃないってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!)
その叫びだけが、誰にも届くことなく心の中へ響き渡るのだった。




