SS 第5話 作戦開始
その日の夕方。
魔剣流道場。
買い物を終えたセリーヌは、自室へ戻ると、買ったばかりの服を大切そうに抱えた。
「……先生」
思わず頬が緩む。
鏡の前へ立ち、新しい服へ着替える。
普段の修練着とは違う。
少しだけ肩が見え、胸元も控えめに開いた大人っぽい服だった。
「は、恥ずかしい……」
鏡に映る自分を見て、耳まで真っ赤になる。
「えっと……」
昼間、リュカに教えられた作戦を思い出す。
「まずは……」
「今日は暑いですね~」
手で顔をぱたぱたと仰ぐ。
「そのまま……」
恐る恐る胸元も少しだけぱたぱた。
「~~~~っ!!」
恥ずかしさのあまり、その場にしゃがみ込んだ。
「む、無理ですぅぅぅ!!」
顔を両手で隠し、じたばたと暴れる。
「小悪魔なんて無理です……」
しばらく悶えたあと、ふと昼間の会話を思い出した。
「そういえば……」
「お酒……」
リュカの提案。
リリアが即座に却下した作戦。
「もし……」
「もし先生がお酒を飲んだら……」
そんなことを考えた瞬間。
また妄想が始まった。
◇
夕食。
先生が酒精を強くした葡萄酒を一口飲む。
ほんのり頬が赤く染まる。
「今日はなんだか気分がいいな」
柔らかな笑みを浮かべる先生。
「セリーヌ」
「は、はい、先生!」
先生はじっとこちらを見つめる。
「今日は……」
「いつもより綺麗だな」
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
胸がどきんと跳ねる。
先生は静かに立ち上がる。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと距離を縮めてくる。
「先生……?」
先生は少し照れくさそうに笑った。
「今まで気付かなくて悪かった」
「ずっと、お前のことばかり考えていた」
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
「好きだ」
(きゃあぁぁぁぁぁ!!)
「愛してる」
(ひゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!)
先生は優しく手を取る。
大きくて温かい手。
「触ってもいいか?」
「えっ!?」
「えっ!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「まだ心の準備が……!」
先生は優しく微笑んだ。
「安心しろ」
「怖いことはしない」
「ただ……」
「もう少し近くにいたい」
(そんな優しい言い方されたら断れません~~!!)
先生はそっと抱き寄せる。
ぽすっ。
胸の中へ包み込まれる。
(だ、抱き締められてますぅぅぅ!!)
先生の鼓動が聞こえる。
どくん。
どくん。
「セリーヌ」
「笑った顔も」
「照れた顔も」
「泣き虫なところも」
「誰かのために一生懸命なところも」
「全部愛おしい」
(もう幸せですぅぅぅ!!)
先生はそっと顎へ手を添える。
「目を閉じて」
「は、はい……」
言われるまま、ゆっくり目を閉じる。
(き、きます……)
(もしかして……)
(もしかしてぇぇぇぇぇ!!)
先生の顔がゆっくり近付いてくる。
あと少し。
あと少しで唇が触れそうになった、その時――
◇
ガラッ。
玄関の戸が開く音がした。
「ただいま」
現実だった。
今日は一人で王国騎士団へ剣術指南に出掛けていたアデラーンが帰ってきた。
セリーヌは慌てて居間へ向かう。
「お、お帰りなさい、先生!」
「ああ、ただいま」
アデラーンはセリーヌの姿を見ると、小さく目を見開いた。
「……ん?」
「いつもと違う服だな」
(き、気付いてくれましたぁぁぁ!!)
セリーヌの胸が高鳴る。
「ど、どうでしょうか?」
少し照れながら、その場でくるりと回ってみせる。
アデラーンは穏やかに頷いた。
「よく似合っている」
「いつもとは雰囲気が違うな」
(褒められましたぁぁぁ!!)
心の中で花火が打ち上がる。
しかし。
「新しい服を買ったのか」
「大事にするといい」
それだけ言うと、アデラーンは何事もなかったかのように自室へ向かっていった。
「…………」
セリーヌはしばらく固まる。
(そ、それだけですかぁぁぁぁぁ!!)
心の中で盛大に叫ぶ。
そして昼間の作戦会議を思い出した。
「そうでした……」
「ボディタッチ……」
セリーヌは深呼吸を一つする。
ぎゅっと拳を握り締めた。
「よし……!」
「これから本番です!」
こうして先生攻略作戦第一段階――『ボディタッチ作戦』が、いよいよ始まるのだった。




