SS 第1話 セリーヌ妄想劇
オルフェ商会事件、そしてシルヴァ=ヴェル竜王国への返礼を終え、魔剣流道場には再び穏やかな日常が戻っていた。
アデラーンの怪我も、少しずつ快方へ向かっている。
まだ激しい鍛錬こそできないものの、日常生活にはほとんど支障はない。
昼下がり。
庭ではアデラーンが一人、黙々と薪を割っていた。
ガコンッ。
ガコンッ。
寸分の狂いもない斧捌き。
その姿を、縁側からセリーヌがぼんやりと眺めている。
(先生……)
(今日もかっこいいです……)
頬が自然と緩む。
先生を見ているだけで胸がぽかぽかと温かくなる。
すると――。
頭の中で、いつもの妄想が始まった。
◇
「セリーヌ」
先生が優しく微笑む。
「はい、先生!」
「いつも美味しい料理をありがとう」
「えっ……」
突然のお礼に思わず固まる。
先生は少し照れくさそうに笑った。
「今まで言っていなかったが」
「実はずっと前から思っていた」
(えっ……?)
(えっ!?)
先生が一歩近づく。
心臓が飛び跳ねる。
「セリーヌ」
「はい……」
「俺は、お前のことが好きだ」
(…………)
(えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?)
頭の中が真っ白になる。
先生はさらに優しく微笑んだ。
「愛してる」
そう言って、そっと抱き寄せてくれる。
(きゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!)
(先生に抱き締められてますぅぅぅ!!)
温かい。
幸せ。
夢みたい。
先生は優しく頭を撫でながら続ける。
「これからも」
「朝も昼も夜も、ずっと一緒にいてくれ」
「はいっ!」
「毎日お前の料理を食べたい」
「一緒に買い物へ行って」
「一緒に散歩して」
「一緒に歳を重ねよう」
(えっ……)
(それって……)
(それってもう新婚生活ですよねぇぇぇぇぇ!?)
頭の中では純白の教会。
祝福の鐘が鳴り響く。
花びらが舞い散る中、先生と腕を組んで歩く自分。
「セリーヌ」
「はい、あなた♡」
場面は変わる。
ベルフォン村の小さな家。
「あなた、ご飯できましたよ♡」
「今日は先生の大好きなシチューです!」
「ああ」
「セリーヌの料理は世界一だ」
(きゃあぁぁぁぁぁ!!)
先生は照れくさそうに笑う。
「それと」
「子どもたちも待ってるぞ」
(こどもぉぉぉぉぉ!?)
庭では木剣を振る男の子と女の子。
「お父さん!」
「お母さん!」
二人が笑顔で駆け寄ってくる。
先生は優しく二人の頭を撫でた。
「今日もよく頑張ったな」
「はい!」
四人で手を繋ぎ、夕暮れのベルフォン村を歩く。
(幸せすぎますぅぅぅぅぅ!!)
夜。
二人並んで縁側へ座る。
満天の星空。
先生がそっと手を重ねる。
「セリーヌ」
「はい?」
「生まれ変わっても」
「またお前を見つける」
「また恋をする」
(きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!)
(もう幸せで死んじゃいますぅぅぅぅ!!)
◇
「セリーヌ」
「はい、あなた♡」
勢いよく返事をして立ち上がる。
だが、目の前にいたのは妄想の先生ではなかった。
現実のアデラーンが、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「……掃除は終わったか?」
「……え?」
辺りを見回す。
縁側。
庭。
そして手元。
雑巾は持ったまま。
掃除は一歩も進んでいなかった。
「…………」
顔が一気に真っ赤になる。
(また妄想してましたぁぁぁ!!)
「す、すみません!」
「今すぐ終わらせます!」
セリーヌは慌てて雑巾を持ち、道場中を走り回る。
そんな姿を見ながら、アデラーンは首を傾げた。
「今日はやけに元気だな」
「うぅぅ……」
理由など言えるはずもない。
先生に妄想がバレなくて、本当によかった。
そう胸を撫で下ろしながらも、掃除の合間につい先生の方を見てしまう。
薪を割る姿。
真剣な横顔。
何気ない立ち姿。
どれを見ても格好いい。
(やっぱり先生……)
(世界一かっこいいです)
セリーヌは頬を緩め、小さく微笑んだ。
もちろん、その想いは当の本人にはまったく伝わっていない。
そんな平和な毎日が、今日も魔剣流道場には流れているのだった。




