第6話 師ロラン
その日の稽古を終えた夕暮れ。
道場には、木剣を振り続けた余韻だけが静かに残っていた。
「ふぅ……」
セリーヌは縁側へ腰を下ろし、小さく息を吐く。
幼い腕は疲れ切り、木剣を握るだけでも精一杯だった。
その隣へ、アデラーンも静かに腰を下ろす。
二人の前には、夕日に染まるベルフォン村の景色が広がっていた。
風が吹き抜け、竹林がさらさらと心地よい音を奏でる。
「先生」
「なんだ」
「先生は、誰から剣を教わったの?」
その問いに、アデラーンは少しだけ目を細めた。
遠い記憶を思い返すように、小さく微笑む。
「俺の師匠は、先代宗家ロランだ」
「ロラン先生?」
「ああ」
「とても厳しい人だった」
「毎日、木剣を振らされた」
「少しでも手を抜けば、すぐに見抜かれる」
セリーヌは思わず笑みをこぼした。
「先生も怒られたの?」
「ああ」
「何度もな」
珍しく柔らかな笑みを浮かべるアデラーン。
その横顔は、普段の厳格な師範ではなく、一人の弟子だった頃の少年を思わせた。
「でもな」
そう呟き、アデラーンは膝の上の木剣へ視線を落とす。
「師匠は、一度も俺を見放さなかった」
「俺も、お前と同じだった」
「魔物に両親を殺され」
「一人ぼっちになった」
「そんな俺を、この道場へ迎えてくれた」
セリーヌは静かに耳を傾ける。
アデラーンは懐かしそうに続けた。
「ある日、俺は師匠へ聞いたことがある」
「どうして俺なんかを助けたんですか、と」
ロランは少しだけ笑い、穏やかな声で答えた。
『昔の私も弱かった』
『だから、お前の気持ちが分かる』
『苦しみも』
『悲しみも』
『守れなかった悔しさも』
そう言って木剣を握り直し、力強く言った。
『アデラーン』
『魔剣流は、強さを誇るための剣ではない』
『弱き者が強き者を打ち倒すための剣だ』
一拍置き、さらに続ける。
『そして』
『弱き者を守るための剣でもある』
その言葉は、十五年経った今でも、アデラーンの胸へ深く刻まれていた。
アデラーンはゆっくりと立ち上がり、木剣を握る。
「どれほど強くなっても」
「誰かを見下した時点で、その剣は鈍る」
「力は振りかざすものじゃない」
「守るために使うものだ」
夕日を浴びるその背中は、大きく、そしてどこか温かかった。
セリーヌは自分の木剣を見つめる。
まだ細く、小さな木剣。
それでも――。
いつか、この剣で誰かを守れる日が来るのだろうか。
「先生」
「私も、先生みたいになれるかな」
アデラーンは迷うことなく頷いた。
「ああ」
「なれる」
「毎日積み重ねれば、必ず強くなれる」
そして、静かに微笑む。
「だが、一つだけ忘れるな」
セリーヌは真っ直ぐアデラーンを見つめた。
「強さは、自分のためにあるんじゃない」
「誰かを守るためにある」
その言葉は、幼いセリーヌの胸へ真っ直ぐ届いた。
「はい!」
元気な返事が、夕暮れの道場へ響き渡る。
アデラーンは優しく微笑み、小さく頷いた。
その日。
セリーヌは剣の技だけではなく、魔剣流の心を学んだ。
先代宗家ロランからアデラーンへ。
そしてアデラーンからセリーヌへ。
――弱き者が強き者を打ち倒すために。
――弱き者を守るために。
魔剣流の魂は、静かに、そして確かに受け継がれていくのだった。




