第5話 崩剣
セリーヌが魔剣流へ入門してから、一か月が過ぎた。
毎朝、朝日とともに起きる。
道場を掃除し、礼を交わし、木剣を握る。
それが二人の日課になっていた。
「礼」
向かい合い、静かに一礼する。
アデラーンは木剣を手に道場の中央へ歩いた。
「今日は魔剣流、一の剣を教える」
セリーヌは木剣を抱え、真剣な眼差しで頷く。
「よく見ていろ」
アデラーンはゆっくりと構える。
呼吸を整え、
一歩踏み込んだ。
「魔剣流――」
「一の剣」
「崩剣」
木剣が風を切る。
たった一太刀。
派手な動きはない。
だが、その一振りには一切の迷いも無駄もなかった。
まるで剣と身体が一つになったような、美しい太刀筋だった。
「すごい……」
セリーヌは思わず息を呑む。
アデラーンは木剣を下ろした。
「やってみろ」
「はい!」
セリーヌは見よう見まねで構える。
一歩踏み込み、
木剣を振り下ろした。
「えいっ!」
しかし身体がぶれ、木剣は大きく揺れてしまう。
「違う」
アデラーンは優しく木剣へ手を添えた。
「腕で振るな」
「踏み込み」
「腰」
「肩」
「腕」
「すべてを一つにする」
そう言って、もう一度ゆっくりと崩剣を見せる。
何度見ても同じ太刀。
寸分の狂いもない。
「先生」
「先生はもっといろんな技が使えるんでしょ?」
幼いセリーヌは純粋な疑問を口にした。
「ああ」
「じゃあ、どうして毎日こればっかり練習するの?」
アデラーンは少しだけ木剣を見つめた。
「基本こそ最強だからだ」
静かな声だった。
「どれほど技を覚えても」
「基本が崩れれば、すべて崩れる」
「逆に、基本を極めれば」
「どんな技も生きる」
セリーヌは真剣な表情で聞き入っている。
アデラーンは続けた。
「剣に近道はない」
「毎日の積み重ねだけが、自分を強くする」
「だから俺は」
「今でも毎日、この崩剣を振り続けている」
セリーヌは驚いたように目を見開いた。
「先生ほど強くても?」
「ああ」
「俺もまだ修行中だ」
その言葉は、幼いセリーヌの胸へ深く刻まれた。
セリーヌは木剣を握り直す。
「先生」
「私も毎日頑張る」
「先生みたいに強くなりたい」
アデラーンは小さく微笑む。
「ああ」
「焦らなくていい」
「一歩ずつ積み重ねればいい」
「はい!」
元気な返事が道場へ響く。
セリーヌはもう一度、崩剣を振る。
まだぎこちない。
まだ未熟。
それでも、その一太刀には昨日までとは違う力が宿っていた。
こうして今日もまた、魔剣流の基本は、一人の少女へ静かに受け継がれていくのだった。




