第86話 レオニスの帰郷
王城、謁見の間。
重厚な扉がゆっくりと開かれる。
その先には、翠竜王エメリオと王妃リシェルが静かに待っていた。
「よく来てくれた、アデラーン」
エメリオは穏やかな笑みを浮かべる。
リシェルも優しく微笑んだ。
「皆さんも、お久しぶりです」
アデラーンたちは恭しく一礼する。
「お久しぶりです、陛下」
エメリオは四人の姿を見渡し、安心したように頷いた。
「元気そうで何よりだ」
しばらく近況を語り合った後、アデラーンは静かに背負っていた剣を外した。
翡翠色に輝くオリハルコンの剣。
鞘からゆっくりと引き抜かれた刀身は、翠玉のような美しい輝きを放っている。
アデラーンはその剣を両手で恭しく差し出した。
「陛下」
「この剣には、レオニス第一王子の逆鱗が使われています」
その言葉に、謁見の間の空気が静まり返る。
エメリオとリシェルはゆっくりと歩み寄り、震える手で刀身へそっと触れた。
その瞬間。
懐かしい魔力が静かに二人を包み込む。
エメリオは目を閉じ、小さく呟く。
「……兄様」
リシェルの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
「間違いありません……」
「レオニス兄様の魔力です……」
二人はしばらく無言のまま、剣へ触れ続けていた。
まるで、亡き兄との再会を噛み締めるように。
やがてアデラーンは懐から小さな木箱を取り出す。
静かに蓋を開くと、中には翡翠色に輝く、竜鱗を模した金細工が納められていた。
アデラーンは両手でそれを差し出す。
「そして――」
「これを、お返しします」
エメリオは不思議そうに金細工を見つめる。
「これは……?」
アデラーンは静かに説明した。
「この金細工は、オリハルコンの剣を鍛えた際に生じた最後の端材を使い、ドワーフの鍛冶師ガンドが作ってくれたものです」
「職人として、一欠片たりとも無駄にはしたくない。その想いから生まれた品です」
「ガンド殿には、逆鱗の詳しい事情は何も話していません」
「ただ、竜の鱗が材料だとだけ伝えました」
「だからこそ、純粋に職人として、この金細工を作ってくださったのです」
グランは目を見開く。
「まさか……」
「この金細工が……」
「レオニス殿下の逆鱗、その最後の欠片だったのか……」
誰も、その事実を知らなかった。
ガンドでさえも。
エメリオは震える手で金細工を受け取る。
まるで壊れ物を扱うように、そっと胸へ抱き寄せた。
「兄様……」
リシェルも静かに涙を流す。
「兄様が……帰ってきた……」
剣となって、人々を守り続ける兄。
そして、その最後の欠片は、小さな贈り物となって故郷へ帰ってきた。
謁見の間は深い静寂に包まれる。
誰一人、言葉を発することはできなかった。




