第85話 竜王国の日常
翌朝。
王への謁見まで少し時間があるということで、グランは四人を竜王国の城下町へ案内していた。
「せっかく来たんだ」
「竜王国を楽しんでいってくれ」
一行は石畳の大通りを歩く。
市場には新鮮な果物や香辛料、鉱石が並び、多くの竜人たちで賑わっていた。
「これは人間の国にはない果物ですね」
リリアが興味深そうに眺める。
露店の店主が笑顔で差し出した。
「食べてみるかい?」
一口食べたリリアは思わず微笑む。
「甘くて美味しいです」
その隣では――。
「先生!」
「これ見てください!」
セリーヌは両手いっぱいに甘味を抱えていた。
竜王国名物の蜂蜜菓子。
木の実の焼き菓子。
果実飴。
「全部美味しそうです!」
「そんなに食べられるのか?」
「もちろんです!」
嬉しそうなセリーヌを見て、一同は思わず笑った。
続いて訪れたのは巨大な鍛冶工房。
真っ赤に熱せられた金属を、屈強な竜人たちが豪快に打ち鍛えている。
リュカは思わず息を呑んだ。
「凄い……」
「一振りであれほど均等に打てるのか」
リリアも感嘆する。
「技術だけではありません」
「腕力も人間とは桁違いですね」
職人たちは笑顔で作業を見せてくれた。
その迫力に二人は目を輝かせる。
さらに一行は翠竜王国騎士団の訓練場へ。
翠竜の騎士たちが木剣を打ち合い、実戦さながらの訓練を繰り広げている。
鋭い踏み込み。
重い一撃。
息の合った連携。
見事な剣技に、リュカは感心したように呟く。
「流石は竜王国騎士団ですね」
グランはどこか誇らしげに頷いた。
「毎日鍛えているからな」
その時だった。
「あら!」
聞き覚えのある声が響く。
以前、アデラーンへ積極的に話しかけてきた翠竜の女性の一人だった。
「また来てくださったんですね!」
女性は嬉しそうに駆け寄ると、当然のようにアデラーンの腕へ自分の腕を絡ませた。
「今度こそ、一緒に街を歩きましょう!」
さらに顔を覗き込み、うっとりと微笑む。
「やっぱり素敵なお顔立ち……」
「本当にかわいいわ」
アデラーンは困ったように苦笑した。
「いや……」
「今日は仲間も一緒だからな」
その隣で。
セリーヌの笑顔がぴくりと引きつった。
「先生?」
にこり。
「それ、どういうことですか?」
笑顔なのに、目だけが笑っていない。
女性はセリーヌを見て楽しそうに微笑む。
「あら?」
「もしかして妬いてるの?」
「ち、違います!」
セリーヌは即座に否定する。
「私は先生の弟子です!」
そう言い切るものの、頬は真っ赤だった。
女性はくすりと笑う。
「ふふっ」
「かわいい子ね」
「でも、少しくらい貸してくれてもいいじゃない?」
「駄目です!」
セリーヌはアデラーンと女性の間へ勢いよく割って入る。
「先生は今日は私たちと一緒なんです!」
女性は肩をすくめる。
「あらあら」
「本当にかわいい子」
しかし当の本人だけは状況が理解できていなかった。
「……?」
「何をそんなに怒っているんだ?」
リュカは思わず額を押さえる。
「先生は本当に……」
リリアも苦笑する。
「ここまで鈍感だと尊敬します」
グランは豪快に笑った。
「はっはっは!」
「人間も竜も、恋というものは大変だな!」
セリーヌはさらに顔を赤くする。
「こ、恋じゃありません!」
城下町には大きな笑い声が響き渡った。
やがて日が傾き始めた頃。
一行は城壁の上から夕日に染まる竜王国を眺めていた。
グランが静かに口を開く。
「レオニス殿下は、誰よりも優しいお方だった」
「弱き者を見過ごすことができなかった」
アデラーンは静かに耳を傾ける。
「だからこそ」
「誰よりも民に愛されていた」
グランは遠くの山々を見つめ、小さく微笑んだ。
「レオニス殿下を失った悲しみは、今でも消えることはない」
「だが……」
「殿下が命懸けで守ろうとしたこの国は、今もこうして平和だ」
アデラーンは腰のオリハルコンの剣へ、そっと手を添える。
「……ああ」
夕日が山の向こうへ沈み始める。
その時、一人の近衛兵が駆け寄ってきた。
「グラン団長」
「陛下がお待ちです」
グランは静かに頷く。
「分かった」
そして四人へ向き直る。
「行こう」
「陛下と王妃様がお待ちだ」
一行は静かに頷き、王城への道を歩き始めた。




