第84話 再訪
オルフェ商会事件終結から数週間。
長かった療養生活を終え、アデラーンはようやく退院の日を迎えていた。
荷物を整理していると、小さな木箱が目に留まる。
静かに蓋を開けると、中には美しく磨き上げられた竜鱗を模した翡翠色の金細工が収められていた。
一か月かけて完成したオリハルコンの剣。
レオニス第一王子の逆鱗は、そのすべてが二振りの剣へと生まれ変わった。
そして、その加工で生じた最後の端材を使い、ドワーフの鍛冶師ガンドが記念として作り上げたのが、この金細工だった。
職人として、一欠片たりとも無駄にはしたくない。
そんなガンドの想いが込められた、小さな贈り物である。
アデラーンは金細工を静かに見つめ、小さく呟いた。
「……これだけは返さねばならんな」
その日の夕方。
魔剣流道場では、旅支度を進めるアデラーンをセリーヌが心配そうに見つめていた。
「先生、一人で行くつもりですか?」
「ああ」
「返しに行くだけだ」
するとセリーヌは少し頬を膨らませる。
「駄目です」
「先生、まだ病み上がりじゃないですか」
「何かあったらどうするんです」
そこへリュカとリリアもやって来る。
「俺もセリーヌに賛成です」
「流石に先生一人では心配ですよ」
リリアも力強く頷く。
「今回は私たちも一緒に行きましょう」
「皆で行けば安心です」
アデラーンは三人の顔を見渡し、小さく苦笑した。
「……心配を掛けるな」
セリーヌは笑顔で答える。
「先生がいつも私たちを守ってくれてるんです」
「たまには私たちが先生を守ります」
アデラーンは少し照れくさそうに笑った。
「そうか」
「それでは頼もう」
三人は嬉しそうに頷く。
こうして四人は、再びシルヴァ=ヴェル竜王国へ向かうことになった。
数日後。
一行は雄大な山脈を越え、翠竜たちの国へと辿り着く。
変わらぬ壮麗な王都。
澄み渡る青空。
竜人たちの活気ある声。
どこか懐かしさを感じる景色が、四人を迎えてくれた。
城門では、一人の男が満面の笑みで待っていた。
「待っていたぞ!」
騎士団長グランだった。
アデラーンも自然と笑みを浮かべる。
「久しぶりだな、グラン」
「ははは! 元気そうで何よりだ!」
グランは豪快にアデラーンの肩を叩こうと手を伸ばした。
「ぐっ……!」
アデラーンは思わず傷口を押さえ、顔をしかめる。
その様子を見たグランは慌てて手を引っ込めた。
「どうした?」
「怪我をしているのか?」
アデラーンは苦笑しながら頷く。
「……まあな」
「少し無茶をしてしまった」
グランは申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうだったのか」
「すまなかった」
アデラーンはリュカとリリアへ視線を向ける。
「紹介しよう」
「こちらはリュカとリリア」
「俺の弟子であり、魔剣流の師範代だ」
リュカは一歩前へ出て頭を下げる。
「リュカです」
「お会いできて光栄です」
リリアも優雅に一礼する。
「リリアと申します」
「よろしくお願いいたします」
グランは二人を見渡し、満足そうに頷いた。
「ほう……」
「二人とも、良い目をしている」
「これからの魔剣流を背負って立つ者たちというわけだな」
リュカとリリアは照れくさそうに笑った。
そのまま四人はグランに案内され、城下町へ入る。
すると――。
「あっ!」
「あの人間だ!」
「前に来た人たちだ!」
以前交流した翠竜たちが、次々と集まってきた。
「あ、本当だ!」
「また来てくれたんだ!」
そして、リュカとリリアへ興味津々の視線が集まる。
「あれ?」
「今日は人数が増えてる!」
「その人たちは?」
「お友達?」
「強そう!」
次々と飛んでくる質問に、セリーヌは思わず笑ってしまう。
「この二人も先生のお弟子さんですよ!」
すると子どもの翠竜たちは目を輝かせた。
「弟子が三人もいるんだ!」
「すごーい!」
「みんな強いの?」
「剣見せて!」
今度はリュカとリリアが質問攻めに遭う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「一人ずつ聞いてくれ!」
二人が困りながら答える姿に、城下町は笑い声に包まれた。
その光景を眺めながら、アデラーンは穏やかに微笑む。
「……変わらんな」
懐かしい空気に包まれながら、一行はゆっくりと王城への道を歩いていった。




