第83話 約束
オルフェ商会事件終結から一週間。
王立病院。
アデラーンは病室のベッドで静かに横たわっていた。
全身を包帯でぐるぐる巻きにされ、右腕は固定。
顔色も青白く、いまだ満足に身体を起こすことすらできない。
診察を終えた医師は、カルテを勢いよく閉じた。
「アデラーンさん!」
「あなた、自分がどれだけ無茶をしたか分かっていますか!」
病室に怒声が響く。
「魔素枯渇」
「全身骨折」
「多臓器不全」
「筋断裂」
「全身打撲」
「内出血」
「その他にも数え切れないほどの損傷があります!」
医師は額に青筋を浮かべた。
「死んでもおかしくなかったんですよ!」
「……と言いますか、普通の人なら確実に死んでいます!!」
アデラーンは苦笑しながら頭を下げる。
「……すまない」
「すまないで済みません!」
「最低でも一週間は絶対安静です!」
「次に同じことをしたら、本当に命はありませんからね!」
医師は深いため息をつき、病室を後にした。
入れ替わるように病室へ入ってきたのは、セリーヌ、リュカ、リリア、そしてアーサーだった。
「先生!」
セリーヌは安堵したように笑顔を浮かべる。
リュカも肩を竦める。
「ようやく起きましたか」
リリアは胸を撫で下ろした。
「本当に心配しました」
アーサーは椅子へ腰掛けると、真剣な表情で切り出した。
「アデラーン」
「一つ聞いてもいいか」
「ああ」
「君は魔神剣を使った」
「それなのに、なぜ生きている?」
セリーヌも身を乗り出す。
「先生」
「刹那一閃って、一体どんな奥義なんですか?」
アデラーンは少しだけ苦笑した。
「決死の陣は、自らの命を燃やし、一撃へ変える秘剣だ」
「だが、刹那一閃は違う」
「全身の魔力を極限まで圧縮し、一瞬だけ限界以上の力を引き出す」
「命は削らない」
「ただし――」
一呼吸置く。
「成功すれば生き残る」
「失敗すれば、その場で死ぬ」
病室が静まり返る。
リュカは目を丸くした。
「いや!」
「十分危険じゃないですか!!」
リリアも青ざめる。
「しかも、それを初めての実戦で使ったんですか!?」
二人は思わずドン引きした。
アーサーも苦笑する。
「……君らしいと言えば、君らしいな」
病室に笑いが広がる。
その時だった。
セリーヌがおずおずと口を開く。
「先生……」
「うん?」
「一つ、聞いてもいいですか?」
「もちろんだ」
セリーヌは頬を赤く染める。
「その……」
「私が最後に言ったこと……」
「覚えてますか?」
アデラーンは申し訳なさそうに笑った。
「いや……」
「あの辺りから意識が飛んでしまってな」
「残念だが、聞こえていなかった」
「……何と言ったんだ?」
セリーヌは耳まで真っ赤になり、小さく俯く。
「す……」
「好きって……」
病室が静まり返った。
リュカが固まる。
リリアも目を見開く。
アーサーも思わず口元を押さえた。
アデラーンは照れくさそうに笑う。
「そうか」
「ありがとう」
「俺も、お前のことは大好きだ」
セリーヌの瞳がぱっと輝く。
しかし――
「俺にとって、お前は大切な娘だ」
「そんな娘に慕われて、俺は本当に幸せだ」
一瞬の沈黙。
リュカは思わず額を押さえた。
「……駄目だ、この人」
リリアは苦笑しながら肩を落とす。
「全然伝わってませんね……」
アーサーは天井を見上げ、小さく笑った。
「ここまで鈍感だとは思わなかったよ」
セリーヌは涙目になりながら俯く。
「先生の……」
「ばか」
その小さな呟きに、病室は温かな笑いに包まれた。
窓の外では、春風が優しく木々を揺らしている。
オルフェ商会事件は終わった。
けれど――
アデラーンとセリーヌの物語は、まだ始まったばかりだった。




