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第81話 刹那一閃

 伝説の魔物――


 ベヒーモス。


 幾度となく剣を交えた。


 しかし、その巨体はなお健在。


 五人の消耗は限界へ近づいていた。


 アデラーンは静かにオリハルコンの剣を構える。


「……これしかないか」


 その眼差しには、迷いはなかった。


 アーサーは、その気配に気付く。


「アデラーン……まさか!」


 セリーヌも息を呑む。


「先生!」


 アデラーンは小さく微笑んだ。


「安心しろ」


「決死の陣ではない」


「全員で生きて帰るための剣だ」


 静かに目を閉じる。


 脳裏に浮かぶのは、あの日の出来事。


 魔神剣のことを初めてセリーヌへ話した夜。


『先生が死んじゃうじゃないですか……!』


『先生までいなくなったら……』


『そんなの嫌です……!』


『いやですぅ……!』


 泣きじゃくる弟子を前に、アデラーンは初めて気付いた。


 命を捨てる剣では駄目なのだと。


 守りたい者を悲しませる剣では、本当の強さとは言えないのだと。


 だから決めた。


 決死の陣に代わる、新たな奥義を生み出そうと。


 命を捨てる剣ではない。


 必ず生きて帰るための剣を。


 それから幾度となく一人で鍛錬を重ねた。


 夜明け前。


 誰もいない道場。


 山奥での自主鍛錬。


 何度振るっても失敗した。


 何度挑んでも完成しなかった。


 実戦で使うのは初めて。


 成功したことは、一度もない。


 それでも。


 今なら信じられる。


 自分一人ではない。


 仲間がいる。


 弟子がいる。


 守りたい未来がある。


 アデラーンは静かにオリハルコンの剣を見つめた。


 翠竜王より託された、亡き第一王子レオニスの逆鱗から鍛えられた形見の剣。


 レオニス。


 弱き者を見過ごすことのできなかった翠竜。


 生きとし生けるものを守るため、自らの命を顧みず、たった一人で魔王討伐へ向かった青年。


 その願いは叶わなかった。


 だが、その覚悟と優しさは決して消えてはいない。


 アデラーンは静かに目を閉じる。


(レオニス様)


(あなたが守ろうとした世界は、今もここにあります)


(あなたの意思は、俺が受け継ぎます)


(どうか、この一太刀に力を貸してください)


 その瞬間。


 オリハルコンの刀身が淡い翠色の輝きを放った。


 まるで、その願いに応えるかのように。


 アデラーンは小さく微笑む。


「……行くぞ」


 悍ましいほどの闘気が、その全身を包み込む。


 地下研究施設全体が激しく震え始める。


 セリーヌは、その異様な気配に叫んだ。


「先生、やめて!!」


 アーサーも叫ぶ。


「やめろ、アデラーン!」


 しかし。


 アデラーンは静かに微笑んだ。


「大丈夫だ」


「今回は、生きて帰る」


 一歩。


 踏み込む。


「魔剣流 一の剣――崩剣」


 ベヒーモスの懐へ潜り込む。


 そして。


 全身全霊。


 すべての魔力を、一振りへ込める。


「魔剣流極伝――魔神剣・刹那一閃!!」


 えぇぇぇぇぇいっ!!


 一閃。


 世界が止まった。


 次の瞬間。


 ベヒーモスの巨体へ、一筋の斬撃が駆け抜ける。


 沈黙。


 そして――


 ズドォォォン!!


 山のような巨体が、真っ二つに両断された。


 伝説の魔物は断末魔を上げる間もなく崩れ落ち、やがて黒い粒子となって消滅する。


 その場には、黒い魔素袋だけが静かに残されていた。


 勝った。


 誰もがそう思った、その時だった。


 ガラン。


 アデラーンの剣が床へ落ちる。


 そのまま力なく倒れ込んだ。


「先生!!」


 真っ先に駆け寄ったのはセリーヌだった。


 アーサー。


 リュカ。


 リリアも続く。


 アデラーンは微動だにしない。


 セリーヌは震える手で、その身体を抱き寄せた。


 涙が溢れる。


「言ったじゃないですか……」


「必ず……」


「全員で生きて帰るって……」


「約束したじゃないですか……」


 涙は止まらない。


「酷いです……」


「酷いですよ……」


「先生の嘘つき……」


「先生の嘘つき!」


 感情が溢れ出す。


「私の気も知らないで……」


「まだ……」


「好きって伝えてないのに!!」


 セリーヌは強くアデラーンを抱き締めた。


 その瞬間。


「……ゴホッ」


 アデラーンが血を吐いた。


「えっ!?」


「せ、先生……!」


「生きてる……!?」


 ゆっくりとアデラーンが目を開く。


「……なんとかな」


 弱々しく笑う。


 アーサーは安堵の息を漏らし、すぐに光魔法を発動した。


「光治癒!」


 柔らかな光がアデラーンを包み込む。


 それでも消耗は激しく、意識は朦朧としていた。


 セリーヌは呆然と固まる。


(い、今……)


(私……)


(好きって……言っちゃった……)


 顔がみるみる真っ赤になっていく。


 リュカは苦笑する。


「全部聞こえてたぞ」


 リリアも優しく微笑んだ。


「ようやく伝えられましたね」


 アーサーも肩をすくめる。


「若いっていいねぇ」


「……っ!!」


 セリーヌは顔を真っ赤にしたまま俯いた。


 ただ一人。


 アデラーンだけは意識が朦朧としており、その告白を聞くことはできなかった。

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