第80話 決死の陣
伝説の魔物――
ベヒーモス。
戦いは長期戦となっていた。
アデラーン。
セリーヌ。
リュカ。
リリア。
アーサー。
五人は息を合わせ、何度も攻撃を繰り返す。
しかし。
どれほど剣を振るおうとも。
どれほど魔力を叩き込もうとも。
ベヒーモスは倒れない。
むしろ少しずつ、五人の消耗だけが積み重なっていく。
セリーヌは肩で息をしていた。
リュカも膝をつく。
リリアの呼吸も乱れている。
そんな仲間たちの隙を見ては、アーサーが光魔法を放つ。
「光治癒」
眩い光が五人を包み込む。
傷は癒える。
体力も僅かに戻る。
しかし。
魔力だけは戻らない。
アーサーもまた、限界へ近づいていた。
「これも……」
「あと何度使えるか……」
静かに呟く。
ベヒーモスは再び咆哮を上げる。
地下研究施設が激しく揺れた。
アデラーンは静かに剣を握り締める。
(このままでは勝てない)
(誰かが命を懸けなければ)
脳裏に浮かぶ、一つの秘剣。
決死の陣。
命と引き換えに放つ、魔剣流最大の禁忌。
アデラーンは静かに息を吐いた。
「……魔神剣しかないか」
その瞬間だった。
『先生が死んじゃうじゃないですか……!』
初めて魔神剣のことを話した夜。
冗談交じりに話したつもりだった。
だが、セリーヌは本気で泣いてしまった。
『先生までいなくなったら……』
『そんなの嫌です……!』
『いやですぅ……!』
涙を流しながら必死に訴えるセリーヌの姿が脳裏に浮かぶ。
さらに、もう一つの光景が蘇る。
『やめてください!!』
セリーヌの悲痛な叫びが、山中へ響き渡る。
翠竜の青年との戦い。
あの時もまた、自分は迷うことなく決死の陣を選ぼうとしていた。
命を懸ければ、それでいい。
そう思っていた。
アデラーンは静かに目を閉じる。
(俺は……)
(あまりにも簡単に、自分の命を捨てようとしていた)
続いて脳裏に浮かぶのは、三年前。
優しく微笑む大聖女ミュゲ・ジプソフィル。
『アデラーン』
『自分の命を犠牲にして、誰かを救おうだなんて、二度としないでください』
『犠牲になるべき命など、一つとしてありません』
『あなたの命も、誰かにとってはかけがえのない命なのです』
自分だけが犠牲になればいい。
誰にも迷惑は掛からない。
そう思っていた。
だが違った。
自分が命を投げ出そうとするたび。
悲しむ者がいる。
涙を流す者がいる。
心を痛める者がいる。
知らないうちに、自分は多くの人を傷つけていた。
アデラーンは小さく苦笑した。
(俺も、まだまだ未熟だな)
ゆっくりとオリハルコンの剣を握り直す。
その瞳から迷いは消えていた。
「……決死の陣は使わない」
「必ず」
「全員で生きて帰る」
その言葉を聞いたセリーヌは、小さく微笑んだ。
「はい、先生」
アーサーも剣を構え直す。
「その意気だ」
リュカは剣を肩に担ぎ直す。
「最後まで付き合いますよ」
リリアも静かに頷く。
「みんなで帰りましょう」
五人は再び肩を並べる。
誰一人、諦めてはいなかった。
必ず全員で生きて帰る。
その強い想いだけが、伝説の魔物に立ち向かう五人を支えていた。




