第79話 ベヒーモス
伝説の魔物――
ベヒーモス。
漆黒の甲殻。
山のような巨体。
全身から溢れ出す膨大な魔素。
ただ立っているだけで、地下研究施設全体が震えていた。
アーサーは険しい表情で呟く。
「……さすがに、これは逃げた方がいいんじゃないかな」
アデラーンは静かに首を横へ振る。
「駄目だ」
「こいつを王都へ放てば、どれだけの犠牲が出るか分からない」
「ここで食い止めるしかない」
全員が頷く。
ベヒーモスが大地を蹴った。
巨体とは思えない速度で迫る。
「来るぞ!」
轟音。
巨大な前脚が振り下ろされる。
アデラーンが受け止める。
凄まじい衝撃。
床石が砕け散る。
「暗黒魔剣!」
漆黒の魔力が地下空間を覆う。
渾身の一撃。
しかし。
ベヒーモスの甲殻には浅い傷が刻まれただけだった。
「なに……!」
セリーヌが飛び出す。
「暗黒剣!」
リュカ。
「暗黒剣!」
リリア。
「暗黒剣!」
三方向からの連撃。
それでもベヒーモスは怯まない。
アーサーも剣へ眩い光を宿す。
「光魔法剣!」
神々しい光が地下を照らす。
魔眼獅子を一撃で粉砕した必殺の一撃。
だが。
光が消えた先でも、ベヒーモスは悠然と立っていた。
アーサーは息を呑む。
「……効いていない」
五人は何度も連携を繰り返す。
暗黒魔剣。
暗黒剣。
光魔法剣。
あらゆる攻撃を浴びせる。
それでも。
ベヒーモスは一歩も退かなかった。
咆哮。
衝撃波だけで五人は吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
「きゃあっ!」
地下研究施設が大きく揺れた。
アデラーンは立ち上がり、息を整える。
全員の消耗は激しい。
このままでは押し切られる。
「セリーヌ」
「リュカ」
「リリア」
「ここは俺たちに任せろ」
三人は驚いたように振り返る。
「先生!」
「ですが!」
アデラーンは静かに言った。
「これ以上、お前たちを危険な目には遭わせられない」
アーサーも頷く。
「ここから先は、私たち二人で時間を稼ぐ」
悔しそうに拳を握り締めながらも、三人は後方へ下がる。
しかし。
二人だけになった戦況は、さらに悪化した。
アデラーンは連戦だった。
魔将鬼との戦い。
そして今。
暗黒魔剣を続けて使用した代償は、確実に身体を蝕んでいた。
呼吸が荒い。
足が重い。
剣先が、わずかに鈍る。
その様子を見たアーサーが声を掛ける。
「大丈夫か、アデラーン」
アデラーンは短く答える。
「……問題ない」
しかし。
その言葉とは裏腹に、身体は限界へ近づいていた。
ベヒーモスは、その僅かな隙を見逃さない。
巨大な前脚が振り上げられる。
「しまっ――」
避けられない。
誰もがそう思った、その瞬間。
「先生!!」
黒い閃光が走る。
ガギィィン!!
ベヒーモスの一撃を受け止めたのは、セリーヌだった。
その剣には、漆黒の魔力が宿っている。
アデラーンは目を見開いた。
「その力は……」
セリーヌは真っ直ぐ前を見据えたまま微笑む。
「先生のおかげです」
「暗黒魔剣……」
「私も使えるようになりました」
アデラーンは驚きを隠せない。
「自力で覚醒したのか……」
セリーヌは力強く頷く。
「私が先生を守ります!」
アデラーンは苦笑し、小さく頭を下げた。
「……すまない」
「みっともないところを見せた」
セリーヌは少しだけ頬を膨らませる。
「先生」
「もっと私を頼ってください」
「私は、先生の弟子なんですから」
その言葉に、アデラーンは静かに笑った。
「ああ」
「頼りにしている」
セリーヌは嬉しそうに微笑み、再び剣を構える。
「やっぱり私も参戦します!」
リュカとリリアも一歩前へ出る。
「俺たちもです!」
「先生だけに戦わせません!」
五人は再び肩を並べる。
伝説の魔物との決戦は、なお続く。




