第78話 第二の魔王
地下研究施設に静寂が訪れる。
四体の実験魔物は、すべて討ち果たされた。
アデラーン。
セリーヌ。
リュカ。
リリア。
そしてアーサー。
五人はゆっくりとヴァレリウス・オルフェを囲む。
もはや逃げ場はない。
アーサーが静かに告げる。
「終わりだ、ヴァレリウス」
「観念しろ」
しかし。
ヴァレリウスは震えるどころか、不気味に笑い始めた。
「終わり?」
「まだだ……」
「私には、まだ最高傑作が残っている」
そう言って懐から取り出したのは、禍々しく脈打つ黒い結晶だった。
その瞬間。
アデラーンの表情が変わる。
「……魔王因子」
思わず漏れたその言葉。
だが、すぐに静かに首を横へ振る。
「……いや」
「違う」
「三年前、この目で見た魔王因子は……もっと禍々しかった」
「もっと圧倒的な存在だった」
「それは魔王因子ではない」
「魔王因子の紛い物だ」
アーサーも静かに頷く。
「私も同じ見解だ」
「あれは本物ではない」
「本物の魔王因子は、あれほど生易しいものではない」
「だが……」
「危険な代物であることだけは間違いない」
ヴァレリウスは顔を真っ赤にして激昂した。
「紛い物だと!?」
「貴様らに何が分かる!」
「これは人類の未来だ!」
「魔王を超える存在を生み出す、究極の力だ!」
地下最深部の鉄格子が、ゆっくりと開く。
その奥には、一頭の巨大な獅子が鎖に繋がれていた。
黄金の鬣。
堂々たる体躯。
ヴァレリウスが長年かわいがってきた、愛玩兼護衛の獅子だった。
「アスラン」
「お前の出番だ」
ヴァレリウスは迷うことなく、紛い物の魔王因子をアスランの口へ押し込んだ。
次の瞬間。
アスランは苦しげな咆哮を上げる。
全身から漆黒の魔素が噴き出した。
骨が軋む。
筋肉が膨れ上がる。
黄金の鬣は漆黒へ染まり、巨大な角が生え、全身を禍々しい甲殻が覆っていく。
その姿は、もはや獅子ではなかった。
漆黒の甲殻。
山のような巨体。
全身から溢れ出す禍々しい魔素。
その異形を目にした瞬間。
アデラーンとアーサーの表情が凍り付く。
「あの姿は……」
「まさか……」
二人は同時に息を呑んだ。
「ベヒーモス……!」
セリーヌが驚いて振り返る。
「先生、ご存じなんですか!?」
アデラーンはベヒーモスから目を離さないまま、小さく頷く。
「三年前」
「魔王討伐の旅の途中で、一度だけ相対したことがある」
アーサーも険しい表情で続けた。
「伝説級の魔物だ」
「あの時も、我々だけでは到底敵わなかった」
「大聖女ミュゲ・ジプソフィルがいて、ようやく討ち倒すことができた魔物だ」
その言葉に、セリーヌたちは言葉を失う。
「そ、そんな……」
リュカの額を冷たい汗が伝う。
「大聖女様がいて……ようやく?」
リリアも青ざめた表情でベヒーモスを見つめる。
「そんな相手と、今から……」
ヴァレリウスは狂喜に満ちた笑みを浮かべ、両手を広げた。
「アスラン!」
「あいつらを食い殺せ!」
ベヒーモスはゆっくりと顔を上げる。
真紅の瞳が見つめたのは――アデラーンたちではなかった。
ヴァレリウス、その人だった。
「な……?」
「私は主人だぞ……?」
一歩。
また一歩。
巨体が迫る。
ヴァレリウスの笑みが凍り付く。
「ま、待て……」
「アスラン……」
「私はお前の主人だ!」
ベヒーモスは答えない。
巨大な顎が、ゆっくりと開く。
「や、やめ――」
断末魔は最後まで続かなかった。
ベヒーモスはヴァレリウスを一口で喰らい尽くした。
地下空間が静まり返る。
主人を失ったベヒーモスは、ゆっくりとアデラーンたちへ向き直る。
その真紅の瞳には、もはや理性の欠片も残っていなかった。
アデラーンは静かにオリハルコンの剣を抜く。
「来るぞ」
「今までの魔物とは比較にならん」
伝説の魔物との最後の戦いが、今、幕を開けた。




