第75話 毒沼大蛇
四体の実験魔物の一体。
毒沼大蛇。
全長十メートルを超える巨大な蛇。
深緑の鱗は鋼のように硬く、その口から滴る紫色の毒液は石畳さえ溶かしていく。
赤く妖しく光る双眸が、ゆっくりとセリーヌを捉えた。
「あなたが相手ですね」
セリーヌは静かにオリハルコンの剣を構える。
次の瞬間。
巨大な毒牙が一直線に迫った。
紙一重で躱す。
間髪入れず、太い尾が横薙ぎに襲い掛かる。
剣で受け流した衝撃だけで身体が大きく弾き飛ばされた。
「くっ……!」
毒沼大蛇は間髪入れず、紫色の毒液を吐き出す。
石床が音を立てて溶け、白煙が立ち昇る。
その光景を見た瞬間。
セリーヌの脳裏に、あの日の記憶が蘇った。
裏路地。
死告鳥。
背中へ突き立てられた毒刃。
身体から力が抜け、意識が遠のいていく感覚。
そして――。
『喋るな』
『毒が回る』
血相を変えて駆け寄るアデラーン。
苦しそうな先生の表情。
あの時の恐怖が、胸を締め付ける。
「まだ……」
「怖い……」
思わず握る手に力が入る。
だが、その時だった。
『実戦は、刹那の油断が命取りとなる』
先生の言葉が脳裏に響く。
さらに思い出す。
『お前にもしものことがあったら……』
あの日、先生が見せた苦しそうな表情。
あんな顔を、もう二度とさせたくない。
セリーヌは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「私は……」
「もう毒から逃げません」
オリハルコンの剣を正眼に構える。
その瞳から迷いは消えていた。
毒沼大蛇が再び襲い掛かる。
毒牙。
尾撃。
毒液。
嵐のような連続攻撃。
しかしセリーヌは、冷静にすべてを見切る。
一歩。
また一歩。
着実に間合いを詰めていく。
「そこです!」
鋭い踏み込み。
オリハルコンの刃が蛇の胴を深々と斬り裂いた。
毒沼大蛇は苦しげに身をよじる。
それでもなお襲い掛かる。
「終わりです!」
セリーヌは地を蹴った。
渾身の一閃。
白銀の軌跡が宙を駆け抜ける。
巨大な首が宙を舞った。
轟音とともに毒沼大蛇は崩れ落ち、その巨体はやがて黒い魔石へと変わっていく。
静寂が訪れた。
セリーヌはゆっくりと剣を鞘へ納める。
「先生」
「私……」
「もう毒には負けません」
その微笑みには、かつての怯えはなかった。
師に守られるだけだった少女は、自ら恐怖を乗り越え、一人の剣士として確かな成長を遂げたのだった。




