第73話 狂気
地下最深部。
アデラーンたちは、ついにオルフェ商会会長ヴァレリウス・オルフェを追い詰めた。
逃げ場はない。
アーサーは静かに剣を向ける。
「ヴァレリウス・オルフェ」
「王国反逆罪、殺人、違法研究、人為的魔素汚染の罪で貴様を拘束する」
しかし。
ヴァレリウスは恐れるどころか、小さく笑った。
「反逆罪?」
「違うな」
「私は人類を救おうとしている」
その言葉に、セリーヌは眉をひそめる。
「何を言っているんですか……」
ヴァレリウスは両手を広げ、まるで演説でもするかのように語り始めた。
「争いなき世界に、人は進歩しない」
「魔王が滅び、わずか三年」
「人類は、もう平和に甘え始めている」
「このままでは衰退するだけだ」
彼は地下研究施設を見渡した。
「だから私は、魔王時代を再現することにした」
その一言に、誰もが息を呑む。
「魔王因子製造計画」
「我々は魔王因子を再現し、その研究を続けてきた」
「そこから抽出した魔素を、ローズガーデン郊外へ散布した」
「魔物の異常発生」
「魔素汚染」
「冒険者暗殺」
「すべては、この計画を完成させるためだ」
リリアは信じられないという表情で首を振る。
「そんな……」
「全部、あなたが……」
ヴァレリウスは迷うことなく頷いた。
「そうだ」
「私は正しい」
「危機があるから人は強くなる」
「争いがあるから文明は発展する」
「英雄とは、平和な時代には生まれない」
「私は人類の進化を推進しているのだ」
会議室に静寂が落ちる。
アーサーは怒りを押し殺すように口を開いた。
「多くの命を奪っておいて……」
「それを正義と言うのか」
ヴァレリウスは平然と答える。
「必要な犠牲だ」
「未来の繁栄のためなら、数千、数万の命など安いものだ」
その言葉を聞いた瞬間。
アデラーンは静かに剣を抜いた。
「貴様に」
「命を語る資格はない」
低く放たれたその一言には、抑えきれない怒りが込められていた。
ヴァレリウスは、その怒りさえ愉快そうに笑う。
「素晴らしい」
「やはり英雄とは、そうでなくてはならない」
「ならば見せてやろう」
「私の最高傑作を」
その瞬間。
床一面に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「しまった!」
轟音とともに、重厚な鉄格子が降りる。
アデラーンたちは地下広間へ閉じ込められた。
そして――。
四方に並ぶ巨大な檻が、ゆっくりと開いていく。
重々しい足音。
獣の唸り声。
地鳴りのような咆哮。
最初に姿を現したのは、四メートルを超える漆黒の鬼。
魔将鬼。
続いて、全身から猛毒を滴らせる巨大な蛇。
毒沼大蛇。
さらに、鋼鉄の甲殻を持つ巨大な蟹。
鋼殻巨蟹。
最後に、赤く妖しく輝く魔眼を持つ黒獅子。
魔眼獅子。
地下研究施設が生み出した四体の最強実験魔物。
その咆哮が地下空間を震わせた。
ヴァレリウスは満足そうに笑う。
「さあ」
「私の最高傑作たちよ」
「侵入者を皆殺しにしろ」
四体の魔物が、一斉に牙を剥いた。




