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第71話 家宅捜索前日

 オルフェ商会への家宅捜索が正式に決定した。


 王国騎士団は捜索令状を発行。


 翌朝、オルフェ商会本部への一斉捜索が開始されることとなる。


 その前日の夜。


 魔剣流道場では、翌日の作戦会議が終わりを迎えていた。


「明日は頼んだぞ」


 アデラーンの言葉に、リュカは力強く頷く。


「はい、先生」


 リリアも頭を下げた。


「必ずお力になります」


 師範代となった二人は、それぞれ自宅へ帰っていく。


 静かになった居住区。


 夕食を終えた部屋では、アデラーンとセリーヌが向かい合って座っていた。


「先生」


「魔王因子って、何なんですか?」


 アデラーンは静かに湯飲みを置く。


「先生」


「会議室で、知っているような顔をしていました」


 しばらく沈黙が流れる。


 やがてアデラーンは、小さく息を吐いた。


「……以前」


「魔神剣の話をしたことがあったな」


 セリーヌは静かに頷く。


「はい」


 アデラーンは少し視線を落とした。


「あの時」


「お前を泣かせてしまった」


「その後になって、こんな話をすることを……」


「申し訳ないと思う」


 セリーヌは驚いたように目を見開く。


「先生……」


「謝らないでください」


「先生にも、話せないことはあります」


「それに」


「こうして話してくださるだけで、私は嬉しいです」


 アデラーンは小さく頷いた。


「……ありがとう」


 そして静かに語り始める。


「三年前」


「俺は魔王を引きつける役目だった」


「その隙に、大聖女ミュゲが『光の投擲聖槍』を放つ」


「それが討伐隊最後の作戦だった」


 セリーヌは真剣な眼差しで尋ねる。


「先生は……」


「どうやって魔王を引きつけたんですか?」


 アデラーンは迷うことなく答えた。


「魔神剣」


「そして」


「決死の陣だ」


「決死の陣は」


「命と引き換えに、一太刀を振るう秘剣だ」


 一瞬、部屋の空気が止まる。


 次の瞬間。


 セリーヌは勢いよく立ち上がった。


「ええっ!?」


「じゃあ先生!」


「死んじゃってるじゃないですか!!」


 アデラーンは静かに首を傾げる。


「……?」


 セリーヌは涙を浮かべながら叫ぶ。


「だって!」


「魔神剣を使ったら死んじゃうんですよね!?」


「じゃあ先生!」


「実は幽霊だったんですか!?」


「そんなの嫌です!!」


 ぽろぽろと涙が零れ落ちる。


「先生が幽霊なんて嫌です……」


「そんなの絶対嫌です……」


 アデラーンは少し困ったようにため息をついた。


「違う」


「……生きている」


 その一言を聞いた途端。


 セリーヌは力が抜けたように、その場へ座り込んだ。


「よかったぁ……」


「本気でびっくりしました……」


「先生がいなくなったのかと思いました……」


 アデラーンは苦笑し、小さく首を横へ振る。


「……心配するところが違う」


 部屋に少しだけ穏やかな空気が戻る。


 しかし、アデラーンは再び真剣な表情になった。


「俺が生きているのは」


「奇跡だった」


「命が尽きる寸前」


「ミュゲが最高位光魔法『聖光治癒』を施してくれた」


「だから、こうして生きている」


 アデラーンは少しだけ目を細める。


「目を覚ました時」


「ミュゲには、ひどく叱られた」


 どこか懐かしそうに笑う。


『アデラーン』


『自分の命を犠牲にして、誰かの命を救おうだなんて、二度としないでください』


『犠牲になるべき命など、一つとしてありません』


『あなたの命も、誰かにとってはかけがえのない命なのです』


『どうか、そのことを忘れないでください』


『私にとっても……あなたは、かけがえのない人なのです』


「あいつは」


「誰よりも命を大切にする奴だった」


 その言葉には、深い敬意が込められていた。


「魔王が倒れた、その瞬間だった」


「胸の奥から、黒い結晶が姿を現した」


「尽きることなく魔素を放ち続ける災厄の核」


「それが、魔王因子だ」


 セリーヌは静かに俯く。


「そんなものを……」


「人が作ろうとしているんですね」


 アデラーンはゆっくりと頷く。


「ああ」


「だから止めなければならない」


「二度と、あの悲劇を繰り返さないために」


 部屋は再び静寂に包まれた。


 翌朝。


 王都最大級の慈善商会――オルフェ商会への家宅捜索が始まろうとしていた。

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