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第70話 オルフェ商会

 死告鳥の本拠地から押収した帳簿と資金記録は、すぐさま王国騎士団本部へ運び込まれた。


 騎士団と大陸冒険者ギルドは合同で資料の解析を開始する。


 膨大な取引記録。


 偽名による送金。


 架空会社を経由した資金洗浄。


 巧妙に隠蔽された金の流れを、一つひとつ辿っていく。


 そして数日後。


 一つの商会名が浮かび上がった。


「……オルフェ商会」


 王都最大級の商会。


 孤児院への寄付。


 貧民街への炊き出し。


 災害支援。


 慈善活動で名高く、王都では模範商会として知られる存在だった。


 アーサーは険しい表情で資料を見つめる。


「表の顔は善良な商人か……」


「だが、金の流れは誤魔化せん」


 さらに調査を進めると、王都郊外の山中に存在しないはずの地下研究施設が浮かび上がる。


 騎士団は直ちに討伐隊を編成し、地下研究施設を急襲した。


 しかし、施設内に人影はない。


 研究員たちはすでに姿を消し、室内は荒らされていた。


 大量の書類は焼却炉へ放り込まれ、証拠隠滅が図られている。


「証拠隠滅か……」


 アーサーが低く呟く。


 あと少し到着が遅ければ、すべて灰となっていただろう。


 騎士たちは急いで焼却炉を調べ始める。


「団長!」


「こちらに焼け残りがあります!」


 回収されたのは、一冊の分厚い研究記録。


 焦げ跡こそ残っていたものの、辛うじて判読できる状態だった。


 表紙に刻まれていた題名。


 『魔王因子製造計画』


 その文字を見た瞬間。


 会議室を重苦しい空気が包み込む。


「魔王因子……?」


 アデラーンは遠い昔の記憶を思い出していた。


 魔王討伐隊の頭脳。


 学者クロエ・アストレア。


 かつて野営地で、彼女は静かに語っていた。


『魔王ニコラスは、無限に魔素を生み出す魔法を完成させました』


『その力によって人から魔王となり、千年という長い時を生き続けたと言われています』


『その禁忌の力こそが――魔王因子です』


 理屈は分からない。


 魔法理論も。


 魔王因子の仕組みも。


 学者ではないアデラーンには理解できない。


 だが――。


 魔王因子だけは、この目で見たことがあった。


 三年前。


 魔王ニコラスとの最終決戦。


 アデラーンは最前線で魔王を引きつけ、大聖女ミュゲ・ジプソフィルへ続く道を切り拓いた。


 仲間たちが命懸けで繋いだ、ただ一度きりの好機。


 その先でミュゲだけが行使を許された最強最大最優の光魔法。


 『光の投擲聖槍』


 天を裂く聖槍は魔王ニコラスの胸を貫いた。


 千年という時を生き続けた命は、ついにその時尽きた。


 その瞬間。


 砕けた胸の奥から、禍々しく脈動する黒い結晶が姿を現した。


 尽きることなく魔素を放ち続ける、災厄の核。


 ――魔王因子。


 あの異様な光景だけは、三年経った今でも忘れたことはない。


 アデラーンは焼け焦げた研究記録を静かに見つめる。


「……まさか」


「人が、あれを再び作ろうとしているのか」


 その表情は、今まで誰も見たことがないほど険しかった。


 セリーヌは思わず息を呑む。


「先生……?」


 アデラーンは何も答えない。


 焼け焦げた研究記録を見つめたまま、微動だにしなかった。


 リュカが不安そうに呟く。


「先生が、あんな顔をするなんて……」


 リリアも小さく頷く。


「私も初めて見ました……」


 セリーヌは静かに首を横へ振る。


「……私にも分かりません」


「でも」


「先生が、あそこまで警戒するものなんて、初めてです」


 誰も、それ以上言葉を発することはなかった。


 王国を揺るがす陰謀は、ついに禁忌の領域へ足を踏み入れていた。

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