第62話 オリハルコンの初陣
オリハルコンの剣が完成してから、一か月。
アデラーンは毎朝欠かすことなく素振りを続けていた。
黒曜鉄より僅かに重い刀身。
最初は違和感もあった。
しかし、一か月という時間は、その重みすら身体へ馴染ませるには十分だった。
今では長年連れ添った相棒のように、手へ自然と馴染んでいる。
魔剣流道場にも、少しずつ変化が訪れていた。
王国騎士団での剣術指南。
冒険者としての活躍。
そしてシルヴァ=ヴェル竜王国での一件。
その噂は少しずつ王都へ広まり、以前は閑古鳥が鳴いていた道場にも、ぽつぽつと入門を希望する者が訪れるようになっていた。
まだ門下生は数えるほどではあるものの、魔剣流は確実に世間へ浸透し始めていた。
朝稽古を終えた頃。
リュカが木剣を片付けながら声を掛ける。
「先生」
「最近、冒険者の依頼へ行けてないですよね」
「道場のことなら俺たちに任せてください」
リリアも笑顔で続けた。
「先生とセリーヌさんは、久しぶりに依頼へ行ってきてください」
「私たちが道場を見ていますから」
二人はそっと顔を見合わせる。
せっかく竜王国への旅で二人きりの時間を作ったというのに、先生は最後まで何も気付かなかった。
ずぐぬぬ……。
それでも二人は諦めない。
今度こそ、少しでも二人の距離が縮まってほしい。
そんな願いを胸に、二人を見送る。
アデラーンは静かに頷いた。
「……分かった」
「頼む」
セリーヌは嬉しそうに微笑む。
「それじゃあ先生、行きましょう」
二人は魔剣流道場を後にした。
向かう先は、王都北西部の森林地帯。
最近、魔物討伐依頼が急増している地域だった。
歩きながら、セリーヌが口を開く。
「先生」
「最近、魔物討伐の依頼が増えましたね」
「ああ」
魔王討伐から三年。
本来なら魔物は減少していくはずだった。
しかし現実は違う。
討伐依頼は以前より増え、現れる魔物も明らかに強くなっている。
「騎士団の皆さんも忙しそうでした」
「見回りも増えています」
「ああ」
アデラーンは森の奥へ視線を向けた。
「……何かがおかしい」
ベルフォン村は、この王都からそう遠くない。
もし異変がさらに広がれば、故郷にも被害が及ぶ。
そんな予感が胸をよぎる。
その時だった。
ガサガサッ!!
茂みを突き破り、一頭のガルムが飛び出した。
「グルルルルッ!!」
狼の姿をした魔物。
通常種より一回り以上大きく、全身から濃密な魔素を漂わせている。
セリーヌは目を見開く。
「普通のガルムじゃありません!」
ガルムは一直線に飛び掛かってくる。
しかしアデラーンは微動だにしない。
静かに翡翠色の剣へ手を添えた。
「……行くぞ」
澄み切った抜刀音が森へ響く。
ガルムが目前まで迫る。
アデラーンは一歩だけ踏み込み、静かに呟く。
「暗黒」
一瞬で身体能力が引き上げられる。
そして。
シュッ――。
ただ、一閃。
それだけだった。
ガルムは何が起きたのか理解する間もなく、その場へ崩れ落ちた。
切断面は鏡のように滑らかだった。
セリーヌは思わず息を呑む。
「すごい……」
「先生、その剣……」
アデラーンは静かに刀身を見つめる。
刃こぼれ一つない。
魔力の流れも淀みなく、手に吸い付くようだった。
「……いい剣だ」
短い一言だけで十分だった。
しかし、アデラーンはすぐにガルムへ視線を向ける。
「……やはり、おかしい」
ガルムの体内には、これまで感じたことのないほど濃密な魔素が渦巻いていた。
セリーヌも神妙な面持ちで頷く。
「先生」
「最近の魔物……みんな強すぎます」
「ああ」
アデラーンは静かに剣を鞘へ納めた。
「原因を突き止めねばならん」
二人はガルムを解体し、討伐証明となる魔素袋を取り出した。
魔素袋とは、魔物だけが持つ特殊な器官である。
体内へ取り込んだ魔素を蓄え、その魔素を用いて魔法を行使する。
冒険者ギルドでは、この魔素袋が討伐証明として扱われていた。
二人は魔素袋を回収し、王都への帰路につく。
この時はまだ知らない。
王都の平和を脅かす巨大な陰謀が、静かに動き始めていることを。




