第61話 伝説の剣
オリハルコンの鍛造が始まってから、一か月が過ぎた。
その間、アデラーンとセリーヌは毎日のように白髭ドワーフ工房を訪れていた。
とはいえ、鍛造の邪魔はしない。
差し入れを届け、ガンドの様子を見て帰る。
それだけだった。
「ガンド殿、昼食です」
「おう! そこへ置いといてくれ!」
返事はいつもそれだけ。
ガンドは炉の前から一歩も動こうとしなかった。
時には夜通し。
時には三日三晩。
寝る間も惜しみ、何度も金属を打ち、折り返し、魔力を流し込み、また打つ。
納得がいかなければ最初からやり直す。
その姿は、まさに己の人生を鍛冶へ捧げる職人そのものだった。
そして、一か月後。
一人のドワーフが魔剣流道場へ駆け込んできた。
「親方から伝言です!」
「剣が完成しました!」
アデラーンとセリーヌは顔を見合わせ、急いで白髭ドワーフ工房へ向かった。
工房へ入ると、ガンドは満面の笑みで迎える。
「待たせたな!」
工房の中央。
作業台の上には、二振りの剣が並べられていた。
陽光を浴びた刀身は、澄み切った翡翠色に輝いている。
まるで翠竜の鱗そのものだった。
ガンドは一本を持ち上げる。
「こっちが真打だ」
「アデラーン、お前さんの剣だ」
アデラーンは両手で受け取り、静かに刀身を見つめた。
続いて、もう一本を持ち上げる。
「そして、こっちが影打」
「嬢ちゃん、お前さんの剣だ」
セリーヌは驚いて目を丸くした。
「えっ……」
「わ、私にもですか?」
ガンドは豪快に笑う。
「本当は影打は研究用に残しておこうと思ってたんだ」
「だがな」
「使われねぇ剣ほど、勿体ねぇもんはねぇ」
「それに、この剣に相応しい使い手なんざ、お前たちしか思い浮かばなかった」
「そもそも、このオリハルコンを俺のところへ持ってきてくれたのは、お前たちだからな!」
「がっはっはっ!」
セリーヌは大切そうに剣を受け取る。
「ありがとうございます!」
ガンドは照れくさそうに頭を掻いた。
「ああ、そういや忘れてた」
作業台の引き出しから、小さな木箱を取り出す。
「余った端材でな」
「こんなもんを作ってみた」
蓋を開く。
そこには、一枚の竜鱗を模した翡翠色の金細工が納められていた。
陽光を受けるたび、静かに翠色の輝きを放っている。
「綺麗……」
セリーヌが思わず見惚れる。
ガンドは少し照れくさそうに笑った。
「竜の鱗が元だって聞いたからな」
「だったら最後まで竜の鱗らしくしてやろうと思ってよ」
「職人ってのはな」
「材料を一欠片たりとも無駄にしたくねぇ生き物なんだ」
「これで端材まで使い切った」
「大したもんじゃねぇが、記念に持っといてくれ」
アデラーンは金細工を両手で受け取り、静かに頭を下げた。
「……ありがとうございます」
そして懐から革袋を取り出した。
「約束の代金を――」
しかし、ガンドはその手を押し返した。
「いらねぇ」
「……ガンド殿?」
ガンドは腕を組み、豪快に笑う。
「その代わり、一つだけ約束しろ」
「その剣で弱ぇ奴らを守り続けろ」
「そして、いつか聞かせてくれ」
「この剣で誰かを救ったって話をな」
「職人ってのは、自分が打った剣が誰かを守ったって聞くのが、一番嬉しいんだ」
工房は静まり返る。
アデラーンは静かに真打を見つめた。
やがて力強く頷く。
「……約束しよう」
短い返事だった。
だが、その一言には確かな決意が込められていた。
ガンドは満足そうに笑う。
「それで十分だ!」
「それが、この俺への最高の代金だ!」
工房には、三人の笑い声が響き渡る。
こうして、新たな相棒となる二振りのオリハルコンの剣が誕生した。
そして、一欠片の端材から生まれた小さな竜鱗の金細工。
この時はまだ誰も知らない。
それが後に、遠くシルヴァ=ヴェル竜王国へ届けられ、王家にとってかけがえのない贈り物となることを。




