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第60話 オリハルコン

 帰路は、王国騎士団隊長グランの翠竜に乗せてもらうことになった。


 翡翠色の翼が大空を駆け抜ける。


 徒歩で何日もかかった道のりも、翠竜の飛翔なら半日とかからない。


 やがてローズフィールド王国の王都が見えてきた。


 グランは城門前の広場へ静かに降り立つ。


 その背には、レオニスの逆鱗が納められた大きな木箱も載せられていた。


 アデラーンは翠竜の背から降り、深く一礼する。


「ここまで送っていただき、ありがとうございました」


 グランは穏やかに微笑んだ。


「こちらこそ、誠にありがとうございました」


「どうか、またシルヴァ=ヴェル竜王国へお越しください」


 そしてセリーヌへ視線を向ける。


「その時はぜひ、奥様もご一緒に」


「心よりお待ちしております」


「…………え?」


 セリーヌの顔が一瞬で真っ赤になる。


(お、奥様!?)


(わ、私……そんなふうに見えちゃうんですか!?)


(やっぱり見えちゃうんですね!?)


(もしかして……)


(先生と、お似合いなのかな……)


 思わず頬が緩む。


 しかし。


「違う」


「弟子だ」


 アデラーンは即答した。


「…………」


 セリーヌは肩を落とした。


(即答なんですね……)


 その様子を見たグランは苦笑する。


「これは失礼いたしました」


 そう言い残すと、翠竜は大空へ舞い上がり、翡翠色の彼方へ消えていった。


 アデラーンは巨大な木箱を見つめる。


「セリーヌ」


「向こうを持ってくれ」


「はい!」


 二人は木箱の両端へ手を掛ける。


「せーの」


 息を合わせて持ち上げると、ずしりとした重みが両腕へ伝わった。


 それでも二人なら運べない重さではない。


(先生との共同作業……)


(えへへ)


 思わず頬が緩む。


「どうした?」


 アデラーンが不思議そうに振り返る。


「い、いえ!」


「何でもありません!」


 慌てて首を横へ振る。


(危ない危ない)


(顔に出るところでした)


 二人は慎重に木箱を運びながら、白髭ドワーフ工房へ向かった。


 工房へ到着すると、アデラーンが声を掛ける。


「ガンド殿」


「戻った」


「おう!」


 工房の奥からガンドが姿を現した。


「剣は見つか──」


 その言葉は途中で止まる。


 アデラーンたちの足元に置かれた巨大な木箱へ、視線が釘付けになった。


「……何だ、その箱は」


 アデラーンは静かに蓋を開ける。


 その瞬間。


 工房中が、透き通るような翡翠色の光に包まれた。


 人の身丈ほどもある巨大なオリハルコン。


 ガンドは震える手で虫眼鏡を取り出し、ゆっくりと近付いていく。


「……何だ、これは」


 光へかざし、角度を変え、何度も何度も見つめ直す。


 やがて、大きく目を見開いた。


「これを……どこで手に入れた!!」


 工房中へ怒号にも似た声が響く。


「いや、待て!」


「どこで採れた!」


「誰が掘り当てた!」


「誰が持ってきた!」


「誰がお前さんへ託した!」


「答えてくれ!」


「頼む!」


「こんなオリハルコン、俺ぁ見たことも聞いたこともねぇ!」


 興奮したガンドはアデラーンへ一気に詰め寄る。


「俺も何百年も前、一度だけオリハルコンを見たことがある!」


「だが、あれはもう少し燻んだ翡翠色だった!」


「こんな透き通るような色じゃなかった!」


 さらにオリハルコンへ手を添え、静かに目を閉じる。


「……感じる」


「とてつもなく濃い魔素だ」


「ここまで魔素を宿した鉱石なんざ、生まれて初めてだ」


 低く唸る。


「……いや」


「これは俺の勘だ」


「普通のオリハルコンとは、生まれ方そのものが違う」


「長い年月をかけて地中で育った鉱石って感じじゃねぇ」


「まるで竜の力、そのものが閉じ込められているようだ」


 次の瞬間。


 ガンドは思わずアデラーンの胸ぐらを掴んだ。


「頼む!」


「教えてくれ!」


「職人として知りたいんだ!」


「こんな代物を前にして、黙っていられるか!!」


 セリーヌが思わず一歩踏み出す。


「ガンドさん!」


 しかしアデラーンは静かに右手を上げ、セリーヌを制した。


 そしてガンドの目を真っ直ぐ見つめる。


「……すまん」


「話すことはできん」


「俺たちは、大きな恩を受けた」


「その方々の名誉に関わることだ」


「軽々しく口にするわけにはいかん」


 ガンドはしばらくアデラーンを見つめていた。


 やがて、はっと我に返る。


「……すまねぇ!」


「興奮しすぎた!」


 慌てて胸ぐらから手を離した。


 アデラーンは穏やかに頷く。


「気持ちは分かる」


「ただ、一つだけ教えよう」


「伝説の金属は、竜の鱗が長い年月を経て鉱石となったものらしい」


 ガンドは目を丸くした。


「……竜の鱗?」


 しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて豪快に笑い出した。


「がっはっはっ!」


「なるほど!」


「そりゃそうだよな!」


「竜の鱗がねぇところに、伝説の金属ができるわけねぇ!」


「だから竜の国にしか、その竜に対応した伝説の金属が産出しねぇのか!」


「何百年も鍛冶師をやってきて、ようやく長年の謎が解けたぜ!」


 そう言って巨大なオリハルコンを愛おしそうに見つめる。


 その瞳は少年のように輝いていた。


「腕が鳴るぜ!」


「この俺が、最高の一振りを打ってやる!」


 すぐに首を横へ振る。


「いや、違う!」


「頼む!」


「この俺に打たせてくれ!」


「こんな機会、もう二度とねぇ!」


「ドワーフの鍛冶師として!」


「一生に一度あるかどうかの夢なんだ!」


 勢いよく胸を叩く。


「代金なんざいらねぇ!」


「この一振りを打たせてもらえるだけで十分だ!」


 しかしアデラーンは静かに首を横へ振った。


「いや」


「ちゃんと払う」


 一瞬の静寂。


 ガンドは腹を抱えて豪快に笑う。


「がっはっはっ!」


「そういう男だからこそ、打ちたくなる!」


 そう言うや否や、ガンドは巨大なオリハルコンへ飛び付き、大事そうに抱えながら鍛冶場へ駆け込んだ。


「おい!」


「炉の火を最大まで上げろ!」


「最高の炭を持ってこい!」


「今日から工房は休業だ!」


「誰も俺の邪魔をするんじゃねぇ!」


 工房中へ怒号が飛び交う。


 伝説を超える一振りを鍛つため、白髭ドワーフ工房はかつてない熱気に包まれるのだった。

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