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第59話 翠竜王の贈り物

 謁見の間を静寂が包む。


 しばらくの沈黙の後、エメリオはアデラーンの腰へ視線を落とした。


 そこには、砕けた黒曜鉄の剣が静かに差されていた。


「……もしや、その剣を見せていただいてもよろしいでしょうか」


 アデラーンは一瞬だけ表情を曇らせる。


 この剣は十五年前。


 魔物化したレオニス第一王子を討った剣だった。


「……申し訳ございません」


 思わず謝罪の言葉が漏れる。


 しかしエメリオは穏やかに首を横へ振った。


「いいのです」


「その剣が、兄を苦しみから解放してくださいました」


 アデラーンは静かに剣を抜き、両手で差し出す。


 エメリオは砕けた刀身を優しく受け取った。


 傷だらけになった刀身を撫で、小さく息を吐く。


「改めまして」


「先ほどの青年の件、心よりお詫び申し上げます」


 アデラーンは苦笑した。


「お気になさらず」


「元より、この剣は寿命でした」


 エメリオは刀身へ静かに触れる。


「……やはり」


「この剣の素材は、黒竜鱗ですね」


 アデラーンは目を丸くした。


「黒竜鱗……?」


「私は黒曜鉄と聞いております」


 エメリオとリシェルは顔を見合わせ、優しく微笑む。


「人の子は、それを黒曜鉄と呼ぶのですね」


「実は、人の子が伝説の金属と呼んでいる鉱石は、すべて竜の鱗から生まれたものなのです」


 セリーヌが息を呑む。


「竜の……鱗?」


 エメリオは静かに頷いた。


「竜が寿命や戦いによって失った鱗は、長い年月をかけて地中深くへ沈みます」


「そして膨大な魔素を浴び続けることで、何百年、何千年という歳月を経て鉱石へと姿を変えるのです」


「故に、人の子が伝説と呼ぶ金属は極めて希少なのです」


 二人はようやく、その理由を理解した。


「黒竜鱗は黒曜鉄」


「白竜鱗はアダマンタイト」


「紅竜鱗はヒヒイロカネ」


「碧竜鱗はアポイタカラ」


「そして翠竜鱗はオリハルコンとなります」


 エメリオは静かに立ち上がった。


 侍従へ目配せする。


 侍従は恭しく一礼すると、謁見の間の奥から一つの大きな木箱を運んできた。


 大人二人でようやく抱えられるほどの重厚な木箱だった。


 侍従がゆっくりと蓋を開く。


 その瞬間。


 謁見の間が翡翠色の輝きに包まれた。


 箱の中には、一枚の巨大な鱗が静かに納められている。


 人の身丈ほどもある、美しく透き通った翡翠色の逆鱗。


 宝石のような透明感を宿しながら、神々しい威厳を放っていた。


 エメリオは、その逆鱗へ優しく手を添える。


「これは兄の形見です」


「兄――レオニスの逆鱗です」


 謁見の間が静まり返る。


「逆鱗は、竜にとって命そのものとも言える鱗」


「生涯に一枚しか持たない、力の源です」


「これを他者へ託すことは、我ら竜族にとって最大級の敬意と信頼を意味します」


 エメリオは逆鱗を見つめながら続けた。


「兄は魔王城へ向かう途中、超高濃度の魔素を浴びました」


「その瞬間、この逆鱗は一瞬でオリハルコンへと変化したのだと思われます」


 寂しげに微笑む。


「皮肉なものです」


「人の子は、このように変化した竜鱗を最高の武具の素材として珍重していると聞いております」


「特に逆鱗は、最高級の素材になるとも」


 エメリオは箱ごとアデラーンの前へ差し出した。


「どうか、お受け取りください」


「その黒曜鉄の剣に代わる、新たな剣として」


 アデラーンは静かに首を横へ振る。


「受け取れません」


「これはレオニス第一王子の形見です」


「私などがいただく資格はありません」


 しかしエメリオは穏やかに微笑んだ。


「どうか、お受け取りください」


「兄は、弱き者を見捨てることのできない竜でした」


「それは、あなたも同じはずです」


「兄はきっと」


「オリハルコンとなって眠り続けるよりも」


「剣となって再び弱き者を救う道を望むでしょう」


 リシェルも優しく頷く。


「私も、そう思います」


 アデラーンは静かに目を閉じた。


 やがて深く頭を下げる。


「……謹んで、お受けいたします」


 そう言って、両手で木箱を受け取った。


 その中で静かに輝く逆鱗は、まるでレオニスの意志が新たな未来へ受け継がれたことを祝福するかのように、翡翠色の光を静かに放ち続けていた。

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